*初めに申し上げておきますが、この記事は特定の政党や政治思想に対して反論あるいは支持をするものではありません。現状を客観的に分析し、考察したものです。
2024年11月5日、米大統領選が行われた。民主党からは副大統領のカマラ・ハリス氏、共和党からは前大統領のドナルド・トランプ氏が候補者となっていたが、6日にはトランプ氏の当選が確実となった。3年前には再選を阻まれたトランプ氏が、今回再び当選を果たしたことは注目に値する。米国民は彼にいったい何を期待しているのか。
ナショナリズムとポピュリズム
トランプ氏は “Make America Great Again” で知られるように、基本的には右派ポピュリズム、ナショナリズムを支持しているといえる。しかし、このいわゆる「右への傾倒」はもはやアメリカだけでなく、かなり多くの地域でみられる傾向となってきている。イギリスがEUを離脱して久しいが、フランスの新首相には中道右派のミシェル氏が任命され、ドイツ州議会選挙では右派政党「ドイツのための選択肢」が第一党となった。これらの国で共通してみられるのは移民への排他的主張であり、多様性を拒絶する不寛容さや、自らのアイデンティティを守ろうとする気持ちの表れと解釈できる。大雑把な説明になってしまうが、雇用の中心が自動車や衣類などの製造業からGAFAを始めとするIT関連のソフトウェア産業に移行したことで階級間格差が固定し、社会的流動性が低下したこと、それにより有権者が二分化したことはこの傾向の一因になっていると思われる。また、資本主義や民主主義がもたらしたのがこのような不平等であったことが、人々の民主主義への信頼を損なったとも考えられる。
大統領選制度に関する疑問
このことを踏まえ、今回の大統領選について考察する。その際、制度についていくつか疑問があった。
選挙資金について
今回のトランプ氏勝利に多大なる貢献をした人物として見過ごせないのが、イーロン・マスク氏である。彼はトランプ氏の選挙活動に1億ドル以上を投資し、トランプ氏は、見返りとしてマスク氏のロケット会社 “SpaceX” の従業員を政府高官として雇用する予定だと発言したという1)。日本でも個人が政党や政治団体に対して寄付をすることは金額の上限付きで認められており、それはアメリカでも同様であるようだ。しかし、マスク氏の献金は優に上限を超えており、これでは選挙に際し、裕福な個人の意思が明らかに優遇されることになってしまう。また、マスク氏は有権者に対し「100万ドルキャンペーン」を行った2)。有権者登録をさせるために金銭を支払うことは連邦法で禁止されているが、今回の金銭提供が宝くじ方式であったことから、ペンシルヴェニア州裁判所は民事裁判を一時停止するという判断を下した。
トランプ氏の訴訟について
トランプ氏は今年、ニューヨーク裁判所で記録偽造の罪で有罪判決を受けた。有罪判決を受けて出馬できるのかと疑問に思ったが、大統領候補者の資格要件はあまり多くなく、犯罪歴のある候補者を阻止する規則はない。トランプ氏が当選した今、まだ量刑は下されておらず、判決は11月26日に言い渡される予定だが、懲役刑にするのは難しいと思われる。総合的に見て、裁判所が同氏の勢いに流されているような印象を受ける。もっと選挙法整備を進める必要があるのではないか。
二大政党制について
候補者が誰であれ、選択肢が二つしかないのは少ない気がした。二大政党制は少数者の意見が反映されにくい一方政治運営は安定しやすいというが、明らかに分断を助長していると思う。今後は多極化が一層進行していくと思われるので、それぞれの国に合った適切な選挙モデルを考えるのも興味深い課題だと感じた。
多数決は民主主義の本質か
民主主義の本質は多数決ではなく妥協にあると思う。同じ意見を持つ人が多いグループが意見を押し通すのは民主主義ではない。一人一人が自らの正しさを持っていれば衝突が起こるのは必然だが、それを対話によって乗り越える必要がある。暴力ではなく。多数決は少数派の意見を聞くどころか無視するものでしかない。ただ、何かを決定するのも政治の役割だ。決めるというのは何かを切り捨てるということなので、全員の意見を取り入れられないことは理解しなければならない。現代の選挙制度にはまだ改善の余地があると感じる。
大統領選の争点
トランスジェンダー権利問題
トランプ氏は選挙運動中、トランスジェンダーの人々に様々な制約を課すことを約束していた3)。ジェンダー教育を行う学校への資金削減、女子スポーツからの男性の排除等が含まれる。ここまで分かりやすい差別があっていいものだろうか。「女性」「男性」「LGBTQ」などの表面的な区分けをすることにそもそも違和感を覚える。当然LGBTQの人々を取り上げて彼らの権利を訴えることも一定の期間は重要だと思うが、それはかえって一人一人が複雑な存在であることを見えにくくし、彼らを単純化されたアイデンティティに固定することにもつながるのではないかと思う。どんなアイデンティティの指標であっても、よくよく観察してみるともっと多様性があることを我々は認識する必要がある。
中絶問題
中絶問題について、ハリス氏は中絶の権利擁護を掲げた一方、トランプ氏は胎児の命を尊重する「プロ・ライフ」という言葉を使い中絶に否定的な考え方を示していた。もっとも、この問題には倫理や宗教も絡んでくるため、簡単に結論が出せるわけではない。
とはいえ、相対主義を超えて、道徳的な普遍的解は存在すると思うし、我々は対話によってそれを導かなければならない。少なくとも、中絶を合法にするかどうかよりも、望まない妊娠をしないで済むような環境、産みたい人が安全に出産できる環境づくりが先であることは間違いない。これは “Sexual and Reproductive Health & Rights”(性と生殖に関する健康・権利)と呼ばれる考え方である。
トランプ氏が当選したかに関わらず、こうした運動は根強く続けていく必要があるだろう。
AIの規制について
トランプ氏は、バイデン氏が昨年署名した、AI開発者向けに自主的なセキュリティとプライバシーのガイドラインを定める措置を撤回する意向だという4)。同氏はこのガイドラインについて、イノベーションを妨げると論じている。個人的には、このように技術を独り歩きさせるような潮流に対して強い危機感を覚える。テクノロジーは、もはや中立ではない。様々な政治的思惑と結びつき、印象操作の手段として迫り来る。
それが事実であるかどうかに関わらず、自分の信念と一致する意見を受け入れ、信じようとする傾向が強まっているように思う。フィルターバブルに踊らされ、人間が「AIというツール」のツールに成り下がらないために、厳格な法規制を進めなければならない。技術は人間のための有用なツールであるべきで、ただ進歩させ続ければよいというものではない。ソーシャルメディアも、自分の見たいものだけ見て、見たくないものは見ないという傾向を助長していると思われるので、もっと発言のハードルを上げ、無駄な論争が繰り広げられないように、フェイクの温床にならないようにする必要があるだろう。
終わりに
世界で起こっていることに目を向ければ、決して楽観できる状況とはいえない。それでも、一人一人が声を上げ、対話によって正しい方向を模索することをやめてはならない。このVoiceがどれだけの人に届くかは分からないが、議論のきっかけにしてくれればありがたい。
1) https://www.nytimes.com/2024/11/06/us/politics/elon-musk-trump-benefits.html?searchResultPosition=10
2) https://mainichi.jp/articles/20241105/k00/00m/030/195000c
3)https://www.nytimes.com/2024/11/07/us/trump-trans-rights.html?searchResultPosition=2
4) https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-11-07/SMJNFCDWLU6800

科学と哲学の両輪で世の役に立つ技術を。理科一類一年、陸上運動部