UNICEF東京事務所 木村泰政代表【前編】

インタビュー
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ボイス・オブ・ユース JAPAN(以下VoYJ)の運営を支えてくださっているUNICEF東京事務所の木村泰政代表へのインタビューを全2回に分けてお送りいたします。木村代表には、ご自身のキャリアや日本の若者に伝えたいこと、VoYJに期待することなどを伺いました。前編では、UNICEFでのお仕事やキャリア、日本の若者へのメッセージをお届けします。

 

【UNICEFのお仕事について】

―はじめに、代表としてどのようなお仕事をされているのか教えてください。

UNICEF東京事務所は特に政府、パブリックセクターとのパートナーシップの強化を担当しています。政府開発援助(ODA)からUNICEFへの資金的援助をしていただけるように日本政府に働きかけるのが私たちの仕事です。政策決定者あるいは政府関係者の方々に世界の子どもたちが直面している課題などを伝え、UNICEFへの日本政府としてのサポートをお願いしています。

UNICEFが日本からいただいた拠出金を使ってどのような支援をしているか、現地での日本の援助を目に見える形で日本の皆さんに伝えることも大切な仕事です。また、他の国連機関や駐日事務所、あるいは教育機関やNGOと連携しながら、子どもの権利に関わる政策提起などもしています。

 

―一番やりがいを感じるのはどのようなときですか?

政策提言を行い、日本政府からUNICEFの活動にご理解・ご支援を頂いたときは、目に見える成果なのでとてもやりがいを感じます。近年、日本から国連機関全体への拠出金が下がっています。UNICEFも例外ではなく、政府からの開発援助の拠出額は年々下がっていっています。それをできるだけまた上昇できるように頑張っているところです。そのために、子どもたちが抱えている問題をどう伝えていくか考え、政府だけでなく民間の企業も巻き込みながら、持続可能な開発目標(SDGs)というフラグシップのもと、様々なアピールをしています。ですから、子どもたちが抱えている問題をみなさんが理解してくれるときは、とてもやりがいを感じます。

あとは、東京事務所のチームが気持ちよく働いてくれているときや、やりがいを持って働いているとき、何をやるかというのが明確で、一生懸命それに向かって頑張っている姿を見たときは非常に嬉しいです。日本人職員が増えていくときもとても嬉しく思います。

また、政府だけではなく日本の企業や民間の人たちがUNICEFをいかにサポートしてくれているかということ、日本の中でどれくらいUNICEFというブランドの認識度が高いかということに、ニューヨーク本部から来日する幹部が気づいてくれたときも嬉しいですね。UNICEFというブランドがみなさんに知れ渡っているということを実感したときには、やっていて充実感があります。

 

【キャリアについて】

―木村さんや東京事務所で働いている方々は、どのようなきっかけがあってこの仕事を目指したのですか?

人によって違うとは思いますが、僕の場合は大学時代にそこまで国連機関で働きたいという意志はありませんでした。たまたま大学に交換留学という制度があり、留学先のアメリカの大学で国際関係を教えていた教授が元国連職員でした。国際問題に関するディベートなどをよくして、国連のことも勉強しました。それで、そういう職業もあるのだと、漠然とわかってきました。

大学を卒業して就職するという道もあったのですが、僕はそうはしませんでした。外務省経由で日本大使館で働く在外公館派遣員制度というものがあり、在学中に受験してイスラエルの機関で働くことになりました。僕はすごく国際関係論が好きだったのと、ちょうど湾岸戦争が終わった後で、和平のプロセスを見たいという気持ちがあり、その道を選び、イスラエルに行きました。パレスチナの難民キャンプなどに行く機会も多く、国連機関の仕事を目の当たりにして、こういうオプションもあるのだと思いました。人道支援プラス開発事業に携わる仕事について学び、職業として、自分にあっていると思いました。

次に、国連機関で働くには何をしなければいけないかと考えました。大学院に行かなければいけませんよね。そこで、大学院に行って国際開発学を学ぼうと思いました。お金を貯めないといけませんから、一回日本に帰って民間企業で働きました。その後アメリカの大学院に受かり、勉強を始めました。その時にどうしたら国連に入れるのかを調べ、ジュニア・プロフェショナル・オフィサー(JPO)制度があることを知り、JPOに受かるためにも、もっと国連のことを知ろうと思い、大学院在学中にインターンシップを行いました。

 

―どちらでインターンされたのですか?

UNICEFです。大学院では難民人道支援と開発を中心に学んでいたので、人道支援、特に難民支援をする仕事に就きたいと思っていました。それで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でインターンしたいと思っていたのですが、UNHCRではなくUNICEFに受かりました。2回のインターンシップのあとにJPO試験を受け、受かってから20年間ずっと、UNICEFで働いています。

 

―当時のインターンシップというのはアメリカにあるUNICEF本部だったのですか?

そうですね。UNICEFのニューヨーク本部です。大学院がマサチューセッツだったのでニューヨークに通いながらインターンをしていました。1回目は夏休みで3カ月ぐらい、それも緊急援助を行う緊急人道支援部のものでした。2回目は論文を書きながら、また同じ緊急人道支援部でインターンシップをしました。

 

―大学院生のときにインターンをすることに、どのような意味がありましたか?

国際機関でのインターンの経験はJPO試験に繋がるかなと期待して働いていました。国連組織の中に入って、国連はどういうものか、国連で働くというのはどんなことなのかを学べるいい機会になると思います。人道支援・開発の分野に行きたかったので、UNICEFの中に入ったらどんなことをしているのか、またUNICEFがどのような優先順位をつけて人道支援を行っているかというようなことを学べると思いました。そうしたことを自分の目で見て少しでも知っていたということを、JPO試験でも評価してもらったと思います。

はじめはUNHCRで働きたいと思っていましたが、UNICEFでインターンをしたら、財政がとても安定していてすごくしっかりしている組織だということがわかりました。UNICEFの活動は政府からの任意の拠出と民間からの寄付に支えられており、その割合は政府からが3分の2、民間からが3分の1ぐらいです。特に民間セクターからの支援は、他の国連機関と比べても段違いですね。

また、UNICEFは結果を数字で表せる組織だと思いましたね。何億人、あるいは何十万人の子どもたちに予防接種を実施した、何千校の学校を建設した、何千人の難民の子どもたちを施設に保護したなど、全部数字でわかります。結果を数字で表せる国連機関はなかなかありません。働いている職員が情熱を持った、いい人ばかりだったことも大きかったです。そういうこともインターンをして組織の中に入ると、肌で感じるし、わかりますよね。そういうところが、インターンをやってよかったなと思います。

 

―UNICEFに気持ちが傾いていったのは学部の後半から大学院にかけてなのですか? 学部4年間はどのような感じだったのですか?

学部の時はUNICEFに入りたいとは考えていませんでした。はじめにインターンシップをしたときも、JPOに受かったらUNHCRに応募しようと思っていました。でも、インターンシップを経験してUNICEFはいい組織だなと思い、JPO試験に受かって迷わずUNICEFを選びました。その時点で変わっていましたね。UNICEFのユニークなところは、人道支援と開発支援の両方をカバーする組織だというところです。ですから、UNICEFでも人道支援ができますしね。ちょうど、いかに人道支援を開発支援につないでいけるかというテーマで論文を書いていたので、自分の興味にも合っていると感じました。

 

【日本の若者へのメッセージ】

―ご自身の体験から、UNICEFや国連機関が日本の大学生に求めていることを教えてください。

まずは学生時代にぜひ外に出てほしいです。どんどん海外に行ってほしいですね。バックパッカーでも留学でもいいので、どんどん外に出てそこの国の人とコミュニケーションをとってください。そして、いろんな国の人々と触れ合い、いろんな文化や習慣を見て、視野を広げてほしいですね。僕も大学の時には暇さえあればバイトをしてお金貯めて、バックパッカーでいろんなところに行っていました。まずアメリカに行き、2回目はタイに行って、タイからエジプト、エジプトからイスラエル、イスラエルからアフリカ、アフリカからイギリスというように、いろいろな国へ行きました。

 

―旅の道中で困惑されたことはありましたか? 言語の問題もありますよね。

当時は英語しかできなかったので、英語で意思疎通をしました。それもそんなに上手な英語ではなかったのですが、なんとかなりました。困ったことはもう忘れてしまい、楽しかった思い出になっています。一人で外に行くと、全部自分で物事を決めますよね。責任を持って自分で決めて、そこに行く。怖いけれど行く。そうやって自分で考え、決定し、行動するというプロセスがすごく勉強になり、身につくし、自信になります。不安でしたが、現地の人が助けてくれました。そうすると、自分も海外から日本に来た人たちにもっと優しくしよう、助けてあげようという気持ちになりますよね。だから今の学生には、どんどん外に出て行ってほしいですね。自分の日本の文化、あるいは日本の見方という垣根を壊してほしいです。

 

―木村さんは旅を通して貴重な経験を得られたのですね。やっておいたらよかったなとか、やっておきたかったなということはありますか?

語学が大切ですね。僕は英語を勉強していたのですが、何語でもいいので第二外国語を勉強しておくといいと思います。マスターするレベルではなくてもいいので、勉強しておくと国際機関で働くには役に立つと思います。でもまずは、英語をマスターすることが大事だと思います。国連で働こうと思ったら絶対英語が必要ですから。第二外国語は国連職員になってからでも学べる環境は整っているので、まずは英語をしっかり勉強して、それから第二外国語を学ぶといいですね。大学生のときは、留学生とかと寮で一緒に生活したり、アパートを借りて一緒に住んだりしました。日本にいながらも語学を上達させる環境は作れますから、そういう環境作りにも挑戦してほしいと思います。

 

いかがでしたか? 木村さんの大学・大学院時代の生き生きとしたお話から、UNICEFや国連機関で働くことの魅力、外の世界に自分の身を置いてみることの大切さについて学ぶことができたのではないでしょうか? 

後編では、UNICEFのこれからのビジョンやVoYJに期待することについてお送りします。そちらも楽しみにしていてくださいね。

https://www.unicef.org/tokyo/jp/15321_15881.html

↑木村代表の紹介

https://www.unicef.org/tokyo/jp/15407_27502.html

↑インターン生による木村代表へのインタビュー

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VoYJ運営部員。広島県出身、東京大学在籍。小説を読んだり書いたりすることが好きだが、趣味は料理、野菜栽培やラジオ体操など多岐にわたる。関心がある分野は平和のほか、日本文化、教育、食文化など。