【童話】緑の丘の家(上)

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その夏のお盆休み、わたしはおばあちゃんの家で過ごしました。おばあちゃんの家は、おもむきのある日本家屋です。古い木の香りがして、手入れされた庭には、真っ赤なサルビアの花が咲いていました。

お盆というのは、ご先祖様の魂がこの世に戻ってくる特別な時期です。わたしはお母さんと一緒に、ご先祖様をお迎えする準備をしました。きゅうりとなすにおがらを刺して、ご先祖様をこの世にお連れするきゅうりの馬と、あの世にお送りするためのなすの牛を作ります。その後は、大人たちがいっぱい集まって、おしゃべりに花を咲かせていました。わたしはすみっこのテーブルで絵を描いて遊んでいましたが、

「ゆうか、二階に、お母さんが子どものとき使っていた部屋があるから、そこで遊んでおいで」

そうお母さんに言われて、二階に上がったのでした。

ほこりをかむった勉強机やたんすは、ゆっくり流れる時間の中で、息をしているみたいでした。わたしはお母さんが使っていたおもちゃを探して、押入れをのぞきました。そこで、古いおもちゃの奥にひっそり隠れていた、桐の箱を発見したのです。お土産のおせんべいやクッキーが入っているような、平べったい長方形の箱。ちょっと迷って、でも箱が、「開けて」とほほえんでいるような気がして、がまんできなくて、蓋をとりました。

「あっ」

入っていたのは、一枚の絵でした。色鉛筆の細い線で描かれた、緑色の丘、そこに建つ一軒の家、その家に続く道。わたしは息をつめて、古いざら紙の上に広がる小さな世界を見つめました。

——なつかしい、この家に帰りたい。

子どもの描いたような絵でしたが、そう思わせるなにかが、絵には宿っていました。

どのくらい、見入っていたのでしょうか。振り返ると、おばあちゃんが立っていました。怒られる、と思いました。おばあちゃんって、なんだかこわいんです。いつもむっつり顔で、たまにぼそぼそしゃべるだけなんですから。

「この絵、きれいだなって思って……」

言い訳すると、おばあちゃんは、黙ったまま、手に持っていたりんごジュースの缶を差し出しました。どうやら、届けにきてくれたみたいです。

「ありがとう」

お礼を言ったのに、おばあちゃんは、ぷいと背中を向けて、出ていってしまいました。がっかりして、絵を箱にしまおうとすると、

「待って」

かすれた声が呼び止めました。振り向くと、おばあちゃんの手には、今度は木の額縁が握られていました。はあはあ息を切らしながら、

「これに、入らんかな」

おばあちゃんは、わたしに額縁を押し付けて、ちょっと首をかしげて、それからまた背中を向けて、行ってしまいました。

おばあちゃんが選んでくれた額縁は、絵にぴったりの大きさでした。わたしは家の絵を額縁に入れて、お父さんとお母さんとわたしで泊まることになっている部屋にかざりました。黄ばんでいた紙は、久しぶりに新鮮な空気を吸って、喜んでいるみたいに見えました。

わたしはその絵がひどく気に入って、おかげでその日一日おりこうさんでした。その晩、絵におやすみを言おうとして、あれ、と気がつきました。額縁の中、家の引き戸が、ほんの少し開いていたのです。引き戸と壁の間から、黄色い光の筋がもれていました。さっき気がつかなかっただけかもしれない。そう思い直しておやすみを言い、お父さんとお母さんの間に敷いた布団に潜り込みました。

 

次の日の朝、障子窓から差す日の光で目が覚めました。

「うーん、おはよ」

目をこすって、ふっと壁を見ると、あの絵の扉が、半分くらい開いていました。昨日のお昼に見つけたときには、ちゃんと閉まっていたはずなのに。

「あの絵の家、昨日と違うんだけど」

お父さんもお母さんも、「気のせいよ、もともとそういう絵だったんじゃない」と笑っていました。その日はわたしもごはんの支度を手伝ったり、お寺さんに荷物を届けたり、お墓の掃除をしたり、たくさんお手伝いをしました。夕方には、ご先祖様を迎えるための迎え火をたきました。

「明日は花火をしようね」

お父さんがそう言ってくれて、夕方、大喜びで家に帰りました。朝ぶりに部屋に戻ると、あの家の扉はちゃんと閉まっていました。なあんだ、やっぱり、見間違いだったんだ。でも、よく見ると、家の前に、米粒くらいの小さな人影があるではないですか。

お母さんに報告すると、

「あらあ? だれかおてんばさんが描き足したんじゃないの?」

くすくす笑われてしまいました。わたしがみんなを驚かせようと、いたずらしていると思われてしまったみたいです。

「おやすみ」

寝る前にあいさつすると、人影は、家から道まで出てきたみたいで、少し大きくなっていました。

次の日の朝、わたしは起きて一番に絵を見ました。人影は道の真ん中にいて、丘を下っているようでした。昨日より近づいて人間らしい形になっていて、髪の毛を垂らした女の子だとわかりました。

「おはよう」

話しかけても、絵はなにも言いません。額縁が日の光を受けて、きらきら笑っているだけです。

「絵の家から女の子が出てきたよ」

お父さんもお母さんも、やっぱり信じてくれません。朝ごはんを食べながら、わたしは心に決めました。だれにもわかってもらえなくていい、今日こそは、ちゃんと絵を見張って、この謎を解き明かしてやらなくては……。でもやっぱり、じっと見張っていても、なにも起こりません。

結局、絵の下にちゃぶ台を持ってきて、ちらちら絵を気にしながら、宿題をすることになりました。ですが、ふと顔を上げると、女の子は少し下のほうに移動しています。また下を向いて、ぱっと顔を上げるとそのままで、ちょっと問題を解いてまた見ると、下に降りてきています。まるで「だるまさんが転んだ」をしているような気分です。絵を気にしながらなんとか宿題を一ページ終えたときには、絵の中の女の子は、顔がちゃんとわかるくらい大きくなって、丘の一番下まで降りてきていました。わたしはじいっと、女の子の顔を見つめました。おかっぱ頭の女の子は、ちょっと首をかしげて、笑っています。わたしはたまらなくなって、呼びかけました。

「ねえ、あなたはいったい、だあれ?」


中編後編に続く

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