夕方、みんなでお墓参りに行きました。お花を差し替えて、お線香も新しい長いものを立てて、灯ろうの火も新しくしました。それから、大人といっしょに手を合わせて「なまんだーぶつ、なまんだーぶつ」と唱えました。わたしはぎゅっと目を閉じて、しょうこちゃんとお姉ちゃんが会えますように、とお祈りしました。そうっと目を開けると、いくつも名前と年月日の刻まれた石板が目にとまりました。そして、昭和二十年七月、同じ日付に、三人が亡くなっていることに気がつきました。昭和二十年。日本が戦争に負けた年だと聞いています。わたしはもう一回、ぎゅっと目を閉じて、「なまんだーぶつ」を唱えました。
お墓からの帰り道、わたしはずっと黙っていました。
「どうしたの」
お母さんが、心配そうにのぞきこみます。ふと思いついて、聞いてみました。
「おばあちゃんの名前って、なんだっけ」
「え? ゆうこよ」
お母さんはあっさり答えました。
「さあ、帰ったら送り火をたかないとね。ご先祖様がなすの牛に乗って帰られるわよ」
「うん」
うなずくと、十歩も前に、おばあちゃんの小さな背中が見えました。
すっかり日が落ちたころ、わたしは部屋から抜け出して、おばあちゃんを探しにいきました。寝室にも台所にもいません。思いついて、縁側に出ました。
おばあちゃんは縁側に座って、送り火が赤く燃えるのを見つめていました。柱の影から見守りますが、ぱあっと火に照らされたおばあちゃんの顔は、口をぎゅっと結んだ怒り顔で、絵の中のゆうこちゃんには、ぜんぜん似ていません。
「ゆうかちゃん。おいで」
隠れていたのですが、ちゃんと、ばれていたみたいです。おばあちゃんは、ちょっと首をかしげ、奥まったまるい目を、わたしに向けていました。
「なにしとるん」
わたしはもじもじしながら、おばあちゃんのとなりに腰を下ろしました。
「あのお家の絵、しょうこちゃんが描いたの?」
小さな声でたずねてみました。おばあちゃんはやっぱり怒ったようにうつむいて、
「そうよ」
それから、わたしの頭に手を伸ばして、そうっとなでてくれました。
「あの絵から、しょうこちゃんが出てきたの。しょうこちゃん、お姉ちゃんに会いたいって」
送り火が、ぱちぱちはぜました。おばあちゃんは、火を見つめながら、言葉を忘れてしまったのかなと心配になるくらい長い間、黙っていました。それから、ふーうっと息をはいて、わたしの目を見ました。
「おばあちゃんたちが、ゆうかちゃんくらいの歳だったときね、日本は戦争をしとったんよ。男の人は兵隊さんになって、つぎつぎに戦場に送られていった。残された人たちも、ものがない生活で、生きるのに必死じゃった。食べるものもなかなか手に入らなくて、いつもお腹をすかせとったんよ。お国のために、毎日毎日がまんして。それでも、戦いはどんどん苦しくなって、日本にも空襲が来るようになった。サイレンが鳴り響いてね、ぱあって空から爆弾が降ってくるんよ。あちこちから火が上がって、家が焼けて、あとは焼け野原。一夜で何百人もの命が消える、大事な人が簡単に死んでしまう——それがね、戦争なんよ。
危ないけえ、しょうことおばあちゃんはね、学校の子と一緒に、田舎に疎開することになったんよ。疎開先でも、勉強もろくにできんで、畑を耕して食べ物を作っとった。それでもいつもお腹をすかせとった。しょうこは夜になると、お家に帰りたい、お母さんに会いたいと言って泣いた。疎開先のお寺でしょうこが描いたのが、ゆうかちゃんの見つけたあの絵よ。しょうこはほんまに絵が大好きで、描いとる間は、苦しいことも全部忘れたみたいに、きらきらした目をしとった」
おばあちゃんの目は、炎を通り越して、どこか遠くを見ていました。
「しょうこは聞かん子でね、七月になったある晩、勝手にお寺を抜け出してしまったんよ。我が家には、帰れたんかな……その朝に、ずっと暮らしとった家は空襲で焼けてなくなってしまった——それきり、しょうこには会えとらんのよ」
おばあちゃんの目は、また送り火に戻りました。火はくすぶっていました。わたしも黙って、最後の火を見つめました。でも思い出して、
「これ、しょうこちゃんが」
それだけ言って、しょうこちゃんが描いた似顔絵を差し出しました。おばあちゃんは、手の中の絵を、じいっと見ていました。そして、
「ありがとう」
はじめて、ちょっとだけ、笑いました。
「ゆうかちゃんは、明日の朝、家に帰るんよね」
「うん」
「あの、お家の絵はゆうかちゃんにあげるよ。持っていってあげて。——さあ、遅いからもうおやすみ」
おがらが燃え尽きました。おばあちゃんは背中を向けて、てきぱき、片付けはじめました。わたしもおやすみを言って、部屋に戻りました。りり、りり。庭の花の脇で、夏の虫が鳴いていました。
次の日、朝ごはんの後、わたしたち家族は、おばあちゃんの家を出ました。わたしはリュックサックを背負って、しょうこちゃんの絵を腕に抱いて、車に乗り込みました。
「さあ、気をつけてお家にお帰り」
おばあちゃんの言い方はやわらかでした。
「うん」
——しょうこちゃん。
そっと、絵に語りかけます。家の戸は、見つけたときと同じで、しっかり閉じていました。でも、しょうこちゃんはきっと、「ゆうこちゃん」の声を聞いたでしょう。きっと、「うん」とうなずいたでしょう。
「お世話になりました」
車が走り出します。家の前で手を振っているおばあちゃんの姿が、どんどん小さくなっていきます。その姿も見えなくなって、絵に目を戻すと、緑の丘の上には、赤いサルビアの花がひとつ、咲いていました。
VoYJ運営部員、東京大学UNiTeメンバー。小説を書くのが好きで、将来の目標は小説の力で平和な世界を作ること。「作者は読者が納得したのであれば、どのような解釈であれそれでよしとしなければならないのです」という祖父の言葉を座右の銘に、日々修行しています。広島県出身で、地元の自然豊かな風景が自慢。