ブロードウェイ俳優 由水南さんインタビュー:前編

インタビュー

みなさんはブロードウェイ俳優の由水南(ゆうすい・みなみ)さんをご存知ですか?

石川県ご出身の南さんは、ブロードウェイミュージカルに憧れて18歳で渡米しました。いくつもの困難を乗り越え、ブロードウェイの舞台でグローバルに活躍されています。また、現在はその世界で得た「Gift」を発信するYU-projectも主宰されています。


(南さんのプロフィール:
https://www.yu-project.org/minami-yusui
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCLDFeuHEGjzIT7y0BSc5zTg

Instagram:@youunlimitedproject
リンクはこちら: https://www.instagram.com/youunlimitedproject/)

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https://www.yu-project.org/bonus

 

今回VoYJでは、そんな南さんへのインタビューの様子を前編・後編に分けてお伝えしていきます!

前編は南さんが夢を叶えていった道のりについてのお話をお届けします。

 

リンカーンセンターにて『マイ・フェア・レディ』出演中の写真。カーテンコール後の舞台袖の様子(ワシントン・ポスト紙提供)


Q. どんなユース時代を過ごされていましたか?

ずっとバレエばかりしているやんちゃな子でした(笑)。小学生の時に海外に興味を持ち始めましたが、ミュージカルを初めて鑑賞したのもこの頃です。ミュージカルという、歌も踊りもお芝居もできる世界をその時初めて知りました。また、その後に見たトニー賞受賞作品で、ブロードウェイでも上演されるような作品を初めて観て、そのかっこよさに憧れて自分もミュージカル俳優として活躍したいと思うようになりました。

そのためには英語力を身につける必要がありますから、自然と英語が好きになっていました。それから、どうしたらブロードウェイミュージカルの舞台に立てるのかわからなかったので、自分から近づいてみようと思い、アメリカの大学に進学し演劇を勉強することに決めました。やっていて「楽しいな」と思うことがあればとにかくそっちに行く、そんなユース時代でした。

 

Q. 小学生の時から漠然とした夢を描いていて、そこに進んでいったのですね。

そうです。小学生の時はバレエ一筋だったのですが、中学生の時に演劇を極める先輩がいて、その人に憧れて、演劇を始めました。バレエは手足の長さといった容姿も求められるのですが、演劇なら自分らしく表現できる、とも思いました。
高校までは合唱、演劇、英語をばらばらでやっていたので、実は23歳になるまでちゃんとしたミュージカルに参加したことはなかったんですよ。
アメリカの演劇学校を卒業してから初めてのお仕事をゲットするまで88回オーディションを受けています。87回落ちたわけですが、初めて得たお仕事がインターンのお仕事で、これがはじめてのミュージカル経験です。

 

2018年夏ニューヨーク、VoYJメンバーも参加した南さんとのワークショップの様子



Q. ビザの関係でいったん日本に帰国し、劇団四季で活躍されていたそうですね。その後、ブロードウェイの夢を諦められず再挑戦した理由やきっかけはあったのでしょうか?

決定的な瞬間がありました。

当時、劇団四季で『春のめざめ』の歌詞翻訳チームの一員、そして演出助手として作品作りに携わっていました。演出助手とは、演者ではなくカンパニー(その作品にかかわるキャストとスタッフ全員を合わせた単位)に指示を出すお仕事です。その仕事が一段落して、演出助手を続けるのか演者をしたいのかと聞かれたのですが、自分の心の声が全く聞こえない状態になっていたんですね。自分が本当は何がしたいのか、よくわからない状態になっていました。

そんなとき、以前アメリカで共演した仲間が来日公演に来ることになって、彼らのミュージカルを観に行きました。『コーラスライン』という作品で、幕が上がった瞬間にキャスト全員が全力で踊っているエネルギッシュなシーンで始まります。
幕が開いて、過去に一緒に演じていた仲間たちが生き生きと命を懸けて踊っているのを見た瞬間、どっと涙が出てきました。「舞台に立ちたい」という押さえていた想いがあふれ出してきたんです。今まで、いわゆる周りが「良い」ということばかりが載ったチェックリストを持っているような感じでしたが、それは、自分が本当にしたいこととは違っていたんです。

再びブロードウェイミュージカルの舞台に立ちたい、挑戦しないと絶対に後悔すると思いました。

 

Q. 2回アメリカに渡られ、またブロードウェイの舞台に立った後にも『マイ・フェア・レディ』への出演を辞めるといった大きな決断をされていますね。決断をする際、怖いと感じることはありませんでしたか?

私は、アメリカに2回渡っています。1回目にアメリカに渡ったときは、9.11のテロが起きたばかりのときでしたが、勢いで行きました。自分がスポンジのように柔らかい10代の間に、一度海外に行きたいと思っていたので、あの渡米は本当に勢いでした。

2回目に渡米したときには全く違う考えで決断しました。現状に甘えてしまうことの方が怖いと思ったんですね。劇団四季をやめて渡米するときにも、『マイ・フェア・レディ』を辞めるときにも同じ考えでした。

Step out of your comfort zone. つまり、「自分が慣れ親しんだ快適な状況から抜け出そう」とYU-projectではお伝えしています。安定した場所にいると甘えてしまうんですよね。ステータスのために残るべきなのか、それとも自分個人の本当の成長のために挑戦するのかを考えたときに、抜け出して少し“Uncomfortable”、つまり慣れない場所に身を置こうと思いました。

 

Q. 挫折から立ち直って前向きな気持ちになるためにはどうしたらいいですか?

端的に言うと「心のチェックイン」です。正直に自分の気持ちに耳を傾けることをそう呼んでいます。つらい時や痛い時こそ自分の気持ちから目をそらしたくなってしまうと思います。私にとってはブロードウェイでデビューする直前に感じたのがいちばんの挫折でした。そのときは自分が「周りからこう見られたい」というプライドの中でつくられた評価基準に満たないことに落ち込んでいました。そのときは自分で理由をつけて自分自身を納得させ、傷ついていることを周りから隠そうとしていました。この状態が数か月続いたことが苦しく、自分のなかで限界が来てしまいました。

限界に気づいたときから、瞑想に本格的に取り組むようになり、ボロボロになった自分と向き合い始めました。そのときに自分がこんなに傷ついてボロボロになっているのかがわかり、そうなってしまった原因をなぜ見つけようとしなかったのかと後悔しました。つらい時は外からどう見られているかを意識するのではなく、ありのままの自分の状態に気付き、どうしてボロボロになったのかと向き合うことが大切です。精神の不調に対する原因を追求することがその後適切な対処法を見つけることにつながります。解決策は人それぞれですが、まずは自分の心の状態を知る「心のチェックイン」が大切であることは変わりません。

 

 

いかがでしたか? 後半ではYU-projectの様子を紹介します。また、南さんからユースへのメッセージもご紹介します。お楽しみに!

 


 

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