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この間、部活の現役時代に1番可愛がっていた後輩と、飯を食いに行きました。きっかけは、コロナで悶々としていた私に突然かかってきた1本の電話でした。

「先輩、俺、競泳やめます。」

現役時代一緒に選抜メンバーとしてリレーを組んだこともあったし、私なんかよりもはるかに才能に恵まれていて、そして何よりも競泳を愛していた彼が開口一番、震えた声で発した言葉に私は、これはただ事ではない。そう確信しました。

ゆっくりでいいから、と胸の内を聞いてみると、彼は少しずつその発言の真意を話してくれました。

10年以上のほとんどを水の中で過ごした彼は、誰よりも競泳を愛し、全国大会入賞という夢に向かってまっすぐに努力を重ねてきました。ところが彼は、そんな姿も知らずに突然やってきたウイルスによって、そのチャレンジの場すら奪われました。高3、ほとんどのスイマーにとって集大成となる高校最後のシーズンにインターハイもJO[1]も中止になってしまったのです。最後の夏。勝負の夏。あと少しだけ、どうして待ってくれなかったのか。やりきれない気持ちでいっぱいでした。

自分を誰よりも慕ってくれた後輩に対して、私が重々しく(わざとでしょうね)返した言葉は

「お前、とりあえず飯を食いに行くぞ。今はゆっくり休め。」

ただ一言でした。口数は少ないが後輩思いのいい先輩?正直に言いましょう。現役時代にもたくさんの言葉を彼に投げかけてきましたが、今回ばかりはかけられる言葉が、伝えられることが思いつきませんでした。私はもう、競泳に青春を賭ける当事者ではありません。競技から2年も遠ざかっていた私が、彼に何か伝えられることはあるのか。

電話を切ってから「飯を食いに行く」までの期間、私は考え続けました。無責任なことは言いたくない。三日三晩、夜しか寝ないで考えた末に辿り着いた私の答えは、なんかすごそうな名言を引用することでもなく、必死で彼を笑わせて競泳のことなんか忘れさせることでもなく、後輩たちにはなるべく明かさないでいた、過去の、そして今の自分を明かすことでした。

 

中3の夏。競泳に青春の全てを賭けていたあの夏。私は念願の全国大会出場の夢を叶えようとしていました。思えば中1から本格的に競技を始め、競泳エリートたちに1人でも多く追いつき、追い越すために来る日も来る日も練習。誰よりも頑張ったつもりでした。部活とクラブチームの練習をかけもつ日もあって、週10(!)とかで泳いでました。今冷静に振り返れば違うのかもしれないけど、あの時は確かに、私の人生の全部でした。夢はもう、すぐそこでした。

勝負をかけた全国大会の予選会を控えた2週間前のある日、私の膝は急に動かなくなりました。右膝の疲労骨折でした。

夢。青春。未来。一瞬にして、私の前から全てが消え果てました。「1年間、足を使って泳いではいけません。」というスポーツドクターの声。喧嘩別れのような形で逃げるように去ってしまったクラブチーム最後の日。精一杯の労いと慰めをくれた仲間の姿。絶望の淵にいた私を待っていた光景は、色を失って見えました。

約半年間、道を踏み外しました。大いにグレました。今まで競泳一色だった私の人生。行き場を失った毎日は遊び、ケンカ、ギター(中学生ってグレるとギターを始める節があるんですよね。今でも大好きな楽器です。)などなど、まあ色々な方向に迷走していました。本当にたくさんの人に迷惑をかけ、悲しませ、失望させました。表向きは強がっていましたが、自分のことが他の誰よりも嫌いになりました。もう自分に道はないな、そんなことを思ったりもしました。

 

それでも今、私は本当に幸せです。

全国の夢は絶たれましたが、1年待ってまた泳ぐことができました。帰ってきた自分を笑顔で迎えてくれた監督に選んでいただいて、部活の主将としてかけがえのない経験をしました。今までろくにやったことのない勉強を始めました。受験期は楽ではなかったけど、周囲の大きな支えにも恵まれ、1番行きたかった大学に行くことができました。大学で競泳はやらないことにしました。その代わり自分がアツくなれるものにいくつも出会いました。このVoYJもその1つです。競泳一筋だったあの頃からは想像できないような道が、仲間が、未来が、私を迎えてくれました。

あの時、怪我をしてよかった?そんなことは今も別に思いません。競泳に青春をかけていた過去の自分に、そしてそれを支えてくれていた人たちに失礼です。それでも、競泳以外のことに全力でアツくなれている自分や、その周りにいてくれる素敵な人たちに目を向けると、この道も悪くないんじゃねえか。そんなことを思えるようになりました。自分で選んだ道をやり直すことはできないけど、別の道の方が正解だったということはきっとないんじゃないかなあ。そう思いますし、自分だけはそう思っていたいなと思います。

大失恋、大切な人との決別、取り返しのつかない失敗などなど。 生きていればいろんな絶望に苛まれるでしょう。(だから人生はおもろいんやんか!って個人的には思いますけども)それがあったから今がある。あの時苦しんでおいてよかった。そんなこと、そうそう思えないでしょう。当たり前です。人生の全てを打ち砕かれたほどの悲しみが、そんなに簡単に言いくるめられてたまるか。私も絶対に無理だろうと思っていたし、そんな綺麗事を言ってくる周囲に何度息苦しく思い、反発したことか。私にはあなたの痛みも、苦しみも完全にはわかることはできません。

でも、本当にどん底まで一度落ちた身として、一言だけ言わせてください。どうか、人生の全てを失っても、周りの誰もがあなたに失望しても、あなただけは、自分を信じ続けてあげてください。好きでいてあげてください。自分が信じた、進みたいと思える道を進んでください。今は茨の道でも、行き止まりかもしれないけど、いつか必ず、その道が開ける日が来るから。そして、どん底の自分のそばにいてくれた人を一生、自分と同じくらい、大事にしてあげてください。そしていつか、自分の大切な人が悩んでいたら、一番近くにいてあげてください。

 

「お前が本当に進みたい道を進め。俺はずっとお前の味方や。」

彼に出会って6年。初めて彼の涙を見ました。あれから4ヶ月。彼は今日も元気に泳いでいます。

それが、私がこの記事を書こうと思い立った理由です。

 

[1]ジュニアオリンピック(18歳以下の全国大会)のこと。全中・インターハイ以上に気合の入るスイマーも多い大舞台。


 

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