人生における「選択」について最近考えていること

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「人生は選択の連続」なんて言われます。その通りだと思います。どこの学校を受験するか、どんな仕事に就くかなどの大きな選択はもちろん、今日は何を着ていくか、昼ご飯は何を食べるかといった日常の小さな判断も選択です。そんな私たちに常に纏わりつく選択について私が最近考えていることを少しだけ話したいと思います。

私は高校時代に受験する大学を決める大きな選択をしました。私が行きたかったのは東京大学でしたが当時の成績では落ちる可能性が高く、もし目指すのなら浪人は確実でした。一方で地元の有力大学であれば現役でもなんとか受かりそうな状況でした。私は人生の重要な岐路に立っていました。当時の私には二股に分かれた道の前に立たされているかのように思えたのです。

 

結局私は1年間浪人して無事東京大学に合格しました。しかしあれから何年か経ちいろいろな経験を積んだ私は、選択というものについての捉え方が最近少しずつ変わってきました。選択というのは右か左かといった二股の道のようなものではなく、主道と横道のようなものなのではないかと考えるようになったのです。つまり、自分が今まで歩んできた太く見通しの良い道と、そこから横に伸びる細く先のよく見えない道、そのどちらかを選ぶことが選択だという考え方です。

高校時代の私にあてはめて考えると、現役で地元の大学に行くという選択肢が主道、浪人して東京大学に行くという選択肢が横道になるでしょう。主道というのは「デフォルト」と言い換えることもできます。つまり特に何もしなければ今まで通りの道をゆくことになるのです。私にとって地元の大学に行くというのはまさにデフォルトでした。一方で横道は「オプション」です。1年間浪人して東京大学にいくという道を選ぶにはそれなりの意志と能動性が必要だったでしょう。

大学に入ってからの選択も、よく考えるとデフォルトとオプションがはっきりしています。高校まで海外に行ったことのなかった私は大学1年生の時に初めて現地調査でフィリピンのマニラに行きました。決心する前は、「海外初心者がアジア有数のヤバい街マニラに…」、「しかも旅行ではなく調査だから英語とか大丈夫かな…」など、不安もたくさんありました。デフォルトである「行かない」という選択肢をとることは非常に容易で自然なものでした。

昼休みに開催される「中国語でしゃべランチ」に行ってみたこともあります。これはお昼ご飯を食べながら中国語で会話してみようという集まりで、当時中国語を1年ほど勉強していた私は少し興味をもちました。しかし中国語歴1年ではまともな会話などできるはずもなく、自己紹介程度しかできません。知らなかったことにしていつも通り学食に味噌ラーメンを食べに行くことはとても簡単だったでしょう。しかし私はその日なぜかオプションの選択肢をとりました。結局それから毎回その会に参加するようになり、今ではそれなりに中国語を話せます。

 

私は選択をデフォルトとオプションと捉えるこの考え方を気に入っています。というのも、このような考え方をすると3つのいいことがあるからです。

1つ目は、普段だったら見逃してしまうような選択にも気が付くことができるということです。二股の分かれ道で右か左か選ばなくては進めない状況に直面してこれが選択であることに気づかない人はいないでしょう。しかし私は実際の選択というのはそのような仰々しいかたちで訪れるものではなく、まさに大きな道の横道のように存在しているものだと考えています。選択を選択と認知することこそがよい選択への第一歩なのではないかと思います。

2つ目は「横道の先には同じく横道を通ってきた仲間がいるかもしれない」と思えることです。私の大学には進学選択制度というものがあり、2年生の夏に進む学部を決めます。私は文科2類という枠で受験していたため経済学部への進学が優遇されており、実際にクラスメイトのほとんどは経済学部に進学しました。しかし私はここでデフォルトの選択肢をとらず工学部に進学しました。文科から理科への進学ということもあり勉強についていくのは大変でしたが、それ以上に進学先で出会った数少ない文科出身の人たちとの出会いは非常に価値のあるものでした。オプションの選択肢を選んだ先にいる「仲間」は不思議と考え方や生き方、価値観が似通うことが多いです。

最後は「もとの道に戻る」という考え方ができることです。選択というとリセットすることはできず、後悔しないようによく考えてするべきという印象がありますが、実際はそうではないと思います。選択をデフォルトとオプションと捉えることは私たちに横道の先が行き止まりだったらもとの道に戻ればいいという考え方を与えてくれます。実際に私が学科先で出会った文科出身の人はしばらくして学科を変えることを決意し、留年申請をして進学選択をやり直して彼の「もとの道」を再び歩み始めました。彼は横道にそれることで結局大学に1年多く通うことになってしまいました。ですが私はこの1年を無駄だとはまったく思いません。彼がこの横道で得た経験は誰でもできるものではなく非常に価値が高いと思います。横道にそれた後もとの道に戻ってくることは簡単だが、一旦スルーした横道に後から挑戦することは困難であるという歴然たる事実を踏まえれば、むしろお釣りがくるくらいだとも思います。

ここまで私の話に付き合っていただきありがとうございました。文章中に「~と思います」や「~と考えます」という表現が多く読みにくかった方もいらっしゃったと思いますが、やはり私はあまり断定表現をしたくありません。生きることについての考え方なんて人それぞれですし、この文章がみなさんの人生のちょっとしたヒントにでもなれば御の字だと思って書かせていただいております。あと、起業がしたいという想いから最近休学を決めて、またデフォルトの道から外れました。これから先どうなるかはわかりませんが、これからもわやんの文章を読んでいただけると幸いです。


 

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