ロック・スターの死

あなたの知らない世界
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私は「ロック」が好きです。 

今でこそロックはあくまで音楽ジャンルの1つとして見なされがちですが、特に私が好きなロックは、1950年代に始まり、時代を作り、時代を壊し、時代を変えて来た、文化や社会と深く結びつきながら変化してきたロックです。

The Beatlesが流れ、ギターを弾き鳴らす父の部屋、CDの試聴をしに近くの新星堂に通いつめ、初めて興味を持った音楽はMetallica(1、自分の覚えていないところでそう育ったからかもしれませんが、なんとなく自分の中にしっくりくる音楽はロックでした。

 

 

私は「死」が好きです。

とは言っても死が悲しくなかったり、自殺を全面的に肯定しているわけではありません。大学の3年からはしばらく、「死生学」を学んでいました。死そのものの概念や、死の表現、死による表現、そういったものに心を震わされます。

 死とは誰もが一度だけ経験できるものであり(諸説ありますが)、その定義は文化や時代によって恣意的に決まります。死を経験したものは基本的には何も伝えることができませんし、不可逆的なものであるからこそ、その空虚感や想像の掻き立てる力には他にないものがあります。

 

 

これらについて詳しく語ると長くなってしまうので、それはまた今度にして、今回はこれらが好きな私が興味を持っている世界について書きたいと思います。

 

それは「ロック・スターの死」です。

ロック・スターの死と聞くと、誰もが何人かは思い浮かべるのではないでしょうか。

最近映画が大ヒットしたQueenのフレディ・マーキュリーやThe Beatlesのジョン・レノン、日本に目を向けると忌野清志郎や加藤和彦、X JAPANのhideなど、亡くなり方はそれぞれ違いますが、社会に大きなインパクトを与えたロック・スターの死は数え切れません。

彼らはさまざまな言葉や、何よりも素晴らしい音楽を残してこの世を去りました。だからこそ彼らの死に思いを馳せ、感じることのできるものが存在します。今回の記事では、その中でも私が特別好きなロック・スターについて紹介します。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Ax0C6rlo-54より

 

その名は「カート・コバーン」。(本当の発音に近いのは「カート・コベイン」なのですが、日本では「カート・コバーン」で広く知られているので、こちらを使用します。)

1990年代に世界を席巻したロック・バンド「Nirvana」のフロントマンです。今の若者でピンと来る方は少ないかもしれませんが、1990年代前半を生きた方は、一度は聞いたことがある名前だと思います。

 

カートは1967年にシアトルで生まれます。幼少期には両親が離婚、そこから親類縁者をたらい回しにされ、荒れた時期を過ごします。また、異常に活動的な子供と診断、鎮静剤を使用され、その影響で学校では寝てしまっていたというエピソードも残っています。

そんな経験から「他人と自分は違う」という感覚に悩まされ、友達のできない孤独を経験し、その穴を埋めるようにロックに夢中になっていったと言います。その頃、世を席巻していたBlack SabbathやAC/DCなどの初期ハードロックを弾き倒し、ハイスクールに入る頃には、よりノイジーで暴力的な、アメリカン・ハードコアのシーンに影響を受けます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ZXZknkAJdAsより

 

アンダーグラウンドな音楽の感触に刺激を受けながら創作活動を続け、1989年にNirvanaを結成、『BLEACH』でCDデビューします。(後に3人組になりますが)この時の結成メンバー4人は皆、崩壊家庭出身であったそうです。

 

そして1991年、彼らはセカンド・アルバム『Nevermind』でメジャーデビューを果たします。

そのころのメジャーのロック・シーンはカートにとっては「死んでいる」ようなものでした。派手なメイクで着飾った、享楽的なヘヴィ・メタルがメインストリームを形成し、チャートに並ぶロックは、いわゆる「産業ロック」といわれるような、大衆に消費されるロックへと成り下がっていました。

カートは売れているバンドを商業主義のダサい連中とみなし、彼らの音楽を性差別的であり、人種差別的であると公でも批判を繰り返していました。特にGuns N’ Rosesのフロントマン、アクセル・ローズとの確執は有名なエピソードです。

 

 

そんな中、リリースされた『Nevermind』はメジャー・シーンにとんでもないインパクトを与えます。それまでの彼らの音楽に比べればポップな曲調なのですが、当時の音楽シーンにショックを与えるには十分なパワーを持ち合わせていました。

 荒削りで尖ったサウンド、印象的なリフ、憂鬱な詞世界、曲展開で突然生じる怒りの爆発。ビジュアル的にも、伸ばしきった髪によれよれの普段着で、明らかにドラッグまみれであることを示す顔つきなど、メジャーには不似合いな、まさにオルタナティヴなスタイルだった。
−南田勝也『オルタナティブロックの社会学』(2014)花伝社

そんなNirvanaの音楽や彼らのファッションは、英語で「汚れた、醜い」意味を表す「グランジ」という名称が与えられ、その後の世界に大きな影響を与えました。

 まさに「オルタナティヴ・ロック」として、それまでのロックをガラッと変えた、Nirvanaの音楽やスタイルに人々は熱狂し、『Nevermind』はメガ・セールスを記録します(現在までに全世界で4000万枚以上の売り上げ)。1曲目に収録された『Smells Like Teen Spirit』は、カートのことを知らない人でも、誰もが一度は聞いたことあるのではないかと思います。

 

 

しかし、皮肉なことに、このヒットが、カートを死へと追いやる発端となって行きます。

かつて自分たちが批判していた「売れている奴ら」に、一晩にして移行し、以前のアンダーグラウンドな彼らを愛していたファンからは裏切り者扱いされ、ライブには、今まで彼らが毛嫌いしていたミーハーなオーディエンスが詰めかけるようになりました。カートはライブに泥酔状態で登場し、観客相手に悪態をつくことなどもしばしば。

メディアは時代のカリスマをこぞって書き立て、その行動や言動、私生活まで報道するようになってきます。今まで浴びたこともない注目に対するプレッシャー、そして世間で作られていく、本当の自分とはかけ離れたイメージにカートは苦しみ、薬物へ依存し、崩れていったと言います。

 

 

そんな中、Nirvanaは1993年に3枚目のアルバム『In Utero』をリリースします。このアルバムはメジャー志向の前作とは打って変わり、アンダーグラウンド志向へ回帰。カートの感情を爆発させた、媚びることのない、「商業」とはかけ離れた、荒々しく破壊的なものへ仕上がりました。

そんな新作に対する世間からの評価は厳しく、前回ほどのセールスを記録することはありませんでした。「狙い通り」ではあるかもしれませんが、カートはその評価にもナイーブに苦しむことになります。

 

その後もカートは苦しみ続け、1994年4月5日、ショットガンで頭を打ち抜き自殺をしている姿を自宅で発見されます。27歳の若さでした。まるで自らを呪うような遺書も、一緒に発見されています。

 

http://kurtcobain.g2.xrea.com/#keiiより

 

人気絶頂の中、自ら命を絶ったカート・コバーン。ひたすら孤独と戦い続け、自分を曝け出しながら、ロックでの表現を続けた。しかし、繊細すぎるが故に、理想とかけ離れた自分、世間からのプレッシャー、罪悪感や不満、そんなものに囲まれた苦しい世界に生きる中で、もはや自分の生み出すもの、音楽に対しても喜びを感じなくなってしまった。自分が得た莫大な財産や名声には何の価値も無い。そんな中で生きるくらいなら、死を選ぶ。

彼の遺書から、生き様から、そんな思いを感じます。

そもそも、上に書いてしまったように、今生きる者が、カートの思いを代弁するようなこと自体がナンセンスでした。彼が自殺をした時に何を思っていたのか、どんなことを考えていたのか、その正解は分かりません。

これから下は、彼の残した言葉や、代表的な曲をいくつか載せておきます。カートの言葉から、そして音楽から、彼がどんな人間で、どんなことを表現していて、どんな思いを抱きながら死んでいったのか、想像してみて下さい。


世界が嫌になり、孤独に襲われ、自分の居場所がなく、鬱々とした時ほど、カートの言葉やNirvanaの音楽はあなたに寄り添ってくれるはずです。

 

 

カートの言葉、Nirvanaの音楽たち

“I would like to get rid of the homophobes, sexists, and racists in our audience. I know they’re out there and it really bothers me. ”
「同性愛嫌悪者、人種差別者、性差別者は、俺たちのライブには来ないで欲しい。迷惑なんだ。」
−『Incesticide』のライナーノーツ

“There’s good in all of us and I think I simply love people too much, so much that it makes me feel too fucking sad. ”
「みんなどこか必ず良いところがある。だから本当に人が好きだ。あまりにも愛しているので悲しくなってしまう。」
− 遺書より

 

 

“It’s better to burn out than to fade away.”
「徐々に消えて行くくらいなら、いっそ燃え尽きたい。」
− 遺書より、ニール・ヤング『HEY HEY, MY MY』からの引用

 

アイキャッチイラスト作画

Hayate Okuda

美術専門学校を卒業後、フリーのイラストレーターとして活動。人物を中心に鉛筆での写実表現を得意とする。
instagram : hayate_okuda
gmail : stanleypp120@gmail.com

 


(1アメリカ出身のヘヴィメタル・バンド。世界的に最も成功を収めたメタルバンドとして知られる。

<参考文献>
南田勝也『オルタナティブロックの社会学』(2014)花伝社
『名盤解説シリーズ「ネヴァーマインド」ニルヴァーナ』(2011)SHINKO MUSIC
「Kurt Cobain Quotes」https://www.goodreads.com/author/quotes/33041.Kurt_Cobain
「カート・コバーンが残した12の名言」Rolling Stone誌https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27763/1/1/1
「カートコバーンの遺書を詠む」http://kurtcobain.g2.xrea.com
「一般教養としてのロック史」http://history.sakura-maru.com/index.html

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