ある日、大学の友達に「もっと女の子らしくした方がモテるよ。」と言われました。「え?」と驚いた私に「だからぁもう少し大人しく振る舞ったほうがいいよ。」と。しかし私の頭で??が止まりませんでした。「オンナノコラシク」ってなんだ?
私は中高6年間を女子校で過ごしてきました。団体のリーダーだって、文化祭で使う大道具作りだって、どんなに重い荷物運びでも全て自分たちでやりました。私たちの世界に「女の子らしく」なんて言葉はなくて、女子だからできない、ということは何もありませんでした。女子だからできるということもありません。みんな好きなことや得意なことを自由にやっていました。それが「女の子らしい」か「女の子らしくない」かどうかなんてこれっぽっちも考えたことはありません。
時は流れ、6年ぶりに共学の学校に入学しました。この「女の子らしくない」と言われた事件をきっかけに、周りを見渡してみるとなるほど、徐々にその真意を理解していきました。男子がギャグを言ったり、おどけたポーズをしたりする、それに対して女子が笑う、男子がリーダーをする、女子はサポート役をする。料理が得意な男子が「女子力すごーい!」と褒められている。教室で芸能人のモノマネをしたり、まとめ役になるのが好きだったり、騒がしいほうだった私は「女の子らしくない」と、そう捉えられたのです。
私は、自分が感じた違和感を友達に話してみましたが、私の話には根拠も理論なく、ただの感情論だったために共感を得ることは難しいことでした。同時に、だんだんとジェンダー学に興味を持ち始めた私は大学2年の秋からアメリカの大学に交換留学することにしました。大学をアメリカに絞ったのは、アメリカが今一番ジェンダーの問題に対してホットな国だなと感じていたからです。#Me Too 運動1)や、 エマ・ワトソンが国連で行ったスピーチ2)など、現状に疑問を持ち、改革のために行動する人が多いイメージだったのです。
アメリカに留学し、現在までに様々なジェンダーに関する授業を受けてきました。学んだ内容はどれも新鮮で、ここまで理論的にこの問題を説明できるのかと驚き納得しました。授業の内容以前に、衝撃的だったのが、ジェンダーの授業を担当する教授の中に男性が多くいたことでした。さらには、その授業を履修していた中にも男子生徒がいたり、フェミニストのイメージを聞いたキャンパス内でのインタビューでは「自分はフェミニストだと思う。」とはっきり話す男子生徒が多くいました。なんとなく、日本で自分のことをフェミニストと言ったり呼ばれたりするのが恥ずかしいと思ってしまっていた私は、むしろそんな自分が恥ずかしいと思いました。
フェミニスト、というと過激派のイメージや、男を嫌う女がギャーギャー文句を言っているだけだと思っている方もいるのではないでしょうか。でも実際に、現代のフェミニストが主張しているのは「男女が平等に機会を与えられ、みんなが生きやすい世界に。」なのです。そしてこのジェンダーの問題は決して女性だけの問題でなく、男性と一緒に取り組むべき問題でもあるのです。
例えば、冒頭に述べたような料理が上手な男子が「女子力すごーい!」と言われること。これは女子に対しても、女子だから料理できて当たり前だよねという理想像の押しつけであり、男子に対しても男子なのに料理ができるなんて女子みたいだね、という意味を含むため、その人自身を評価していないのです。女子力で料理ができるのではなく、ただその人が料理上手なのです。なのでこれからは「家事力すごーい」と言ってみましょう。かくいう私も少し前まではトイレにハンカチを持って行き忘れて「女子力ほしいわー」と言っていた人間でした。これは単に 衛生に対する感覚の問題ですね。「男前だね」というサバサバしている女子に対しての言葉も「かっこいい〜!」だけでいいのです。男だから、サバサバする必要はないし、女子なのに男みたいにサバサバしているね、というのもその子自身の個性を否定しているのと同じです。
男女の格差を表すジェンダーギャップ指数(2018年版12月18日に世界経済フォーラムが発表)で世界149カ国中110位、先進国で最下位というスコアを叩き出したのは日本でした。
医大入試における女子の点数引き下げ、セクハラ問題、相撲の土俵に女性をあげるか問題、雑誌に“ヤレる女子大生ランキング”の掲載、、、。
世界のメディアでも今、日本の男女の格差が大きな問題として取り上げられています。
私はこれらの問題への解決の一歩が、「男性らしさ」、「女性らしさ」という枠で人を見ず、「その人らしさ」をそのままに受け入れることだと思っています。性別を気にして、好きな趣味をやめたり、同性に人気のない仕事だからと言って希望の職に就くことを諦めたり、異性の気を引けないからと言ってお気に入りの服を着るのをやめたり、自分らしさを押し殺して生きる人生なんて楽しくありません。それぞれの“自分色“で未来を描いた方が何千倍も楽しい人生です。お互いに対しても、「男」or「女」らしい人か、でなく、その人にしかないいいところ探しをしましょう。
私たちは、今、時代が大きく変わる、そんな時を生きています。
最近では、男女問わず日本の友達ともジェンダーの話をする機会が増えたり、SNSを通して自らの意見や現状の問題に疑問を投げかけたりする友達が増えてきました。生まれ持った性別のためだけに縛られて生きる必要はありません。男女の体の構造上、力の面や体力の面では違いはあるかもしれません。ですが、能力や才能はその人自身が持っているものであり、男女は関係ありません。
自分がしたいことのために、自分がありのままでいられるにはどうしたらいいかだけを考えればいいのです。自分だけでなく向き合う相手の個性を見つけて、自分らしさ、その人らしさに向き合えばいいのです。
そんな新たな自分らしい時代を、今から一緒に作りましょう!
1)ハリウッドでのセクハラ問題をきっかけにして始まった運動。このハッシュタグをつけてSNSに投稿することで「自分もセクハラ被害にあった」ことを示し、問題解決のために声を上げようという活動。一般人も著名人もこのハッシュタグを使って自らのセクハラ被害を告白している。
2)2014年からUN Womenの親善大使に就任しているイギリスの女優エマ・ワトソンが、国連でフェミニズムについて自身の体験も踏まえながら語ったスピーチ
立命館アジア太平洋大学(APU)2回生。生まれも育ちも東京。圧倒的な国際環境に惹かれて迷うことなくAPUがある別府へ。現在はアメリカの大学に1年間の交換留学で来ています。別府のご飯と温泉が恋しくて仕方ない今日この頃。好きなことは、散歩すること、ものまねすること、人と話すこと。