人と自然が共生するということについて考えてみた

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多くの人が重要だと知りながらその意義を考えたことのないものに生物多様性があります。

はじめは少し生物学的な話になりますが,生物多様性について簡単に説明したいと思います。

生物多様性には大きく3つのスケールで考えられます。1つ目は「種の多様性」です。これはみんなが想像するようにある場所に多くの種が生息していることです。例えばサンゴ礁には色とりどりの魚が泳いでいる情景が思い浮かびます。2つ目は「生態系の多様性」です。これは様々なタイプの自然環境があることを言います。地球上には海の生態系,山の生態系,川の生態系などがあり,さらに海の生態系といっても砂浜やサンゴ礁,沖合や深海では生物相がまったく異なります。3つ目は「遺伝子の多様性」です。これは同種の個体でも遺伝子の中身が少しずつ違うという多様性です。人はHomo sapiensという種ですが,みんな少しずつ遺伝子が違うので,見た目も中身も違うのです。

今回お話しするのは特にみんながイメージしやすい「種の多様性」についてです。またこの話は他の2つの多様性にも拡張することができます。

生物多様性の意義についてよく語られることを一言で言えば「生態系サービスの維持」でしょうか。

ここで新しい用語が出てきました。「生態系サービス」とは人類が生態系から得られる恵みのことを言います。例えば森林には材木の供給だけでなく,土壌流出の防止やレクリエーションの場としての働きもあります。もちろん森で生活する色々な生き物を食べることもありますし,植物や土壌の微生物から薬の有効成分が抽出されることも多々あります。多様な種の生き物が存在することはそれだけ我々の生活を豊かにしてくれるのです。

ではもう少し視野を広げて,他の動物にとっての生物多様性の意義を考えてみましょう。

それには「ニッチ(生態的地位)」という概念が必要です。

動物であれば餌や生活空間など,また植物であれば太陽光や土壌など,生物が生きていくために不可欠な資源があります。生物種が生態系内のこれらの資源に関して占める地位をニッチ(生態的地位)と言います。

さらにニッチには基本ニッチと実現ニッチに分けられます。ある範囲に一種だけがいて,その種が最大限資源を使って得たニッチを基本ニッチと言います。一方で周りに別の種がいるときにはそうはいきません。例えば同じ餌や同じ場所を基本ニッチとして持つ種同士が出会えば競争になります。そうして共通の資源をめぐる種間競争によって落ち着いたニッチを実現ニッチと言います。

さて,異種間相互作用によって実現ニッチは基本ニッチよりも小さくなるのですが,その間の部分が自然界の動的平衡に重要であると僕は考えています。

様々なニッチを持つ生物が存在すれば自然環境をまんべんなく使えます。一方で生態系を構成する生物種が少ないとニッチに空白ができてしまいます。実はこの空白が人にとっても他の生き物にとっても怖いのです。例えば,林床を生息空間とする植物が一種しかいないと,その種が全滅した時に土壌がむき出しになります。すると土壌流出などの危険が生じるわけです。一方でニッチを分割して多様な種が生息していると,なんらかの原因によりある種の実現ニッチが小さくなった時,そこをカバーする基本ニッチを持つ生物はあいたニッチに進出でき,ニッチの空白を埋めることができます。先ほどの林床の例でいうと,ある種が全滅しても,他の植物が生えていればその種が生息域を広げることができ,種類は違っても土壌が植物で覆われた状態が保たれるため,土壌流出の危険が小さくなるのです。

生態学の少し難しい話になってしまいましたが,つまりは生物同士がお互いに協力して(しかし実際は競争によって)適当な自然環境の維持をしてくれているのです。

さて,生物多様性とは何かについてお話ししてきました。

ここからが本題です。

現在ではこの生物多様性が失われていると言われています。僕の考えるその原因と解決策についてご説明しましょう。

まず,日本で生物多様性の低下とともに耳にする機会の多い外来種によるものが挙げられます。ブラックバスやブルーギル,アメリカザリガニ,ミシシッピアカミミガメなどの生き物は聞いたことがあるのではないでしょうか。

外国の生物は強く日本の生物は弱いから外来種の問題があるんだと思っている人がいるかもしれませんが,そうとは限りません。確かにカブトムシの類のように外国の種の方が在来のものより体が大きいということもありますが,外国では捕食者がいて個体数の増加が抑えられていた生物が,日本に来ると捕食者がいないので増えたい放題増えていったというのが大抵の要因です。

しかし,外来種が増えると在来種がいなくなるからといって外来種を全滅させようとしても容易なことではありません。最近池の水を抜くことが流行っているようですが,卵が土に埋もれていたりして,1匹残らず駆除するのは不可能に近いです。外来種が入ってきて長い時間が経っていると生態系に新しい関係ができていることも多々あります。

ここで僕が考えたのはモデリングやシミュレーションによる個体数のコントロールです。モデリングなどによって計算した,在来種と共存できる個体数にヒトが調節し,外来種を含めた新しい生態系を作っていくというものです。大抵の場合,外来種を駆除することがメインの活動になるとは思いますが,全滅させるための活動ではないことに留意していただきたいのです。継続的なモニタリングによって実態を知ることも重要です。

自然界でも生物は長い距離を移動することがあります。日本人もアフリカから(何世代もかけて)歩いてやってきました。しかし人が生物を移動させるのは速度も量も違います。まずはむやみに生物を移動させないことに尽きます。

2つ目は乱獲や生息域の破壊による個体数の減少が考えられます。例えば,クロマグロは大量の漁獲によって日本近海のものは全滅するかもしれないと言われており,ボルネオ島のオランウータンはプランテーションの開発による森林伐採で住処を追われています。

漁獲や開発などの行為をまったくやってはならないというつもりはありません。人が豊かに生きていくために仕方のない部分もあるとは思います。しかし前述のように,種が絶滅してしまうことは人だけでなく他の生き物にも迷惑なことなのです。僕はこのような状況に対してもモデリングやシミュレーションによる個体数のコントロールが必要であると考えます。この範囲のものをこれくらいの量をとってもこのくらいの時間が経てば元の個体数に戻る,ということはモデリングなどを通して判断することができます。そうすれば個体数は一時的に減ることはあっても種は維持されるはずです。どの生物種にも個体群を維持するために最低限必要な個体数というものが決まっています。生物多様性の意義を知り,度を超えない範囲で資源を利用することが大切なのです。

一方で,人が自然環境に入らなくなったことで生物多様性が損なわれるということも考えられます。その例はまたしても日本にあります。

日本では以前は山に入って山菜や木の実を取り,獣を撃って食料を,木を切って薪や炭にしてエネルギーを得ていました。しかし現在では山に入ることが極端に少なくなっています。その結果引き起こされ,各地で問題になっているのが獣害です。シカやイノシシの数は特に急増し,人に被害を及ぼすようになっています。そして特定の生物種の増加が生物多様性の観点から大変危険なことは前にお話ししました。この場合も,草食動物同士の種間競争だけでなく,シカやイノシシが特定の種の植物を好んで捕食することによってその植物が減少・絶滅し,生産者においても生物多様性が低下するということが実際に起こっています。

近年獣が急激に増加した理由には次のようなことが考えられます。以前は狩りによって直接個体数が減らされていましたが,今では猟師の数も減ってしまいました。また,木の実などの獣の餌を人が取らなくなりました。また,森林が放置されているので一度に多くの実を落とし,ますます獣の餌が増えています。さらに,人が山に入らなくなったことで麓にもエサがあり,シカやイノシシは降りてきます。するとおいしそうな野菜などが植えられている田畑が見えるので,そちらも好んで食べます。さらに忘れてはならないのはニホンオオカミの存在です。日本の山の生態系でヒトを除いた唯一の肉食動物であるニホンオオカミがシカやイノシシを捕食し,個体数の増加を抑えていましたが,1900年代に絶滅してしまいました。オオカミが絶滅した要因として,生息地の縮小や伝染病のほか,狂犬病にかかったオオカミが家畜や人を襲うため,人の手によって駆除されたことが挙げられます。このように今では獣の個体数を減らすような圧力がほとんどなくなり,さらに山の中にあった獣とヒトとの接点が,人が住む里のすぐ近くまで降りてきているのです。

ニホンオオカミが絶滅してしまった今,我々はどうするべきなのでしょうか。

確かにオオカミを大陸から導入しようという研究がないわけではありません。しかし前述のように,今でさえ管理できていないのに新たに動物を移動させてコントロールできるとは思えません。それよりも僕は人が再度山に入ることが不可欠であると考えます。山に入って木を切るなどということは自然破壊で,そのままにしておくのがいいという人もいるかもしれませんが,このような人の活動は実は生物種を増加させることにつながるのです。

また生態学の話になりますが,「中規模撹乱説」という学説があります。これは中規模な撹乱が起こると大規模な撹乱よりも,はたまた小規模な撹乱の時よりも生物種が増えるという説です。なぜなら小規模な撹乱では競争に強い種が優占し,大規模な撹乱では撹乱に強い種だけが残るからです。つまり,現在の山に入らない状況では競争に強いシカやイノシシのみが優占していますが,人が山に入って適度に木を切ったり木の実を拾ったりするなどの撹乱を起こすことによって種数が増える可能性があるのです。

これにも関連しますが,「創発効果」というものがあります。創発効果とは二つの生態系が隣り合う場合に,その境界にはどちらにもいなかった種が生息できるというものです。人が山の麓に木がまばらに生えたような環境を作ることで,山奥にも人里にもいなかったけれどその中間のような環境に適応できる生物が生活してくれるようになるかもしれません。

さらに直接的な獣の利用も考えなければなりません。狩猟によって捕獲される個体数が少ないとは言っても,捕獲された獣のほとんどは処分されています。これらの命を無駄にしないためにも,ジビエだけでなくその他の利用方法の開拓が必要です。豚や牛のようにスーパーに並ぶことは難しいにせよ,なんらかの価値を付加して売り出す必要があると思います。

今まで見てきたように,人は永続的に自然に関わり続けなければいけません。人が捕獲や生産によって生物の個体数を調節し続けることは根本的な解決ではないと考える人もいるかもしれませんが,実はこれこそが「人と自然が共存する」こと,また「ヒトが生態系の一部」であることだと思います。傲慢なトップダウンコントロールではなく,生態系を構成する一つの種として,他種との関わりを考えていかなければならないのです。


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