ひょっとこ

ボイス
6+

 

ほー、ほー。
もしもし、そなたは悩みをもっておるな? よい。誰しも悩みを抱えているものじゃ。数年前の話をしてあげよう。悩みを抱えた、ひとりの男がおった……

真夜中、わしが古い民家の前を通ると、深いため息が聞こえた。
「まったく、嫌になるなあ、この顔は」
沈んでいるのに、妙に剽軽な声じゃった。誰であろう。
窓から覗き込んでみると、ああ、薄暗い廊下で、三面鏡に顔を映しているものがおる。歪んだ口、片方だけ小さい目のおどけた顔。壁に掛けられたひょっとこの面じゃ。そのひょっとこ、塗り固められた頬を動かして口を伸ばしたり、小さい方の目を見開いたりしておったが、諦めてまた、ため息をついた。
「どうしたのじゃ。ため息をついて」
「ああ、ミミズクさん。聞いてください。わたしの顔はひどく曲がっていて、どうにも直らない。とても惨めな気持ちで過ごしているのです」
相談相手がほしかったんじゃの。そやつは全て話してくれた。
「ああ、こんな顔は嫌だ。能面さんのようにきれいな顔だったら良かったのに」
「あら」
ひょっとこの隣から、すました女の声が言い返した。
「たしかにわたしの顔は曲がっていませんけれど、あなたと違って表情がないわ」
わしは笑って慰めた。
「それ、ひょっとこよ。人それぞれ悩みがある。そなたが持って生まれたそなただけの顔なのじゃ」
ひょっとこ、悲しそうに目を伏せておったな。

翌朝。昨晩の廊下で、わめき声がする。三つ、四つほどの女の子が、大泣きしよった。おばあさんと、その子のお母さんがなだめている。出産のためにお母さんが入院する間、女の子はこの家で過ごさなければならないのじゃった。おばあさんと一緒に車を見送るときも、目に涙をためておったのう。わしは、ひょっとこがじっとその子を見つめているのに気づいた。
ひょっとこは、本当にその子を心配しておった。その日の晩、言いよった。その子はおばあさんを手伝って料理をしているときにも、遊んでいるときにも、どこか寂しそうだと。何とかできないものか、と。
次の日。廊下に出た女の子、やっとひょっとこを振り向いた。
「この人、だあれ?」
初めて人間扱いされたひょっとこは動揺しよった。おばあさんが笑って説明する。

「ひょっとこというて、祭りの時にかぶる面よ。面白い顔じゃろ」
「ふーん、ひょっとこか」
冷や汗をかいているひょっとこの前を、おばあさんと通り過ぎた。じゃが、すぐに一人で戻ってきて、小声でひょっとこに話しかけたんじゃ。
「ねえ、ずっと、あたしのこと見ていたでしょう。心配してくれているの?」
返事をしないように、ひょっとこは必死じゃった。生きていないものも会話するということは、人間に知られてはいかんのじゃ。

夜、ひょっとこはますます物思いにふけっておった。もう鏡を見てなどおらんかった。わしに気が付くと、苦しそうに言ったわい。
「何とかしてあげたいんです。しかし、わたしには何もできない」
わしは、答えなかった。不思議に思ったひょっとこは下を見て……凍りついておったのう。廊下にあの子がおったんじゃ。
人間に見られたひょっとこは焦っておった。しかし、女の子は笑った。
「やっぱりあたしを心配してくれていたのね」
「ああ……寂しいっていうのは、辛いことだからな」
ひょっとこはもごもごと返事をした。
「寂しい? じゃあ、ひょっとこも寂しかったことがあるのね。じゃないと、それは分からないはずだよ」
ひょっとこは、薄暗い廊下と鏡に映った歪んだ顔を思い浮かべたじゃろう。それから、首をかしげた。
「変だな。もう寂しくない。悩みも忘れてしまった」
女の子はにっこりした。
「二人だから。あたしも寂しくない。おばあちゃんも、もうすぐ生まれる弟もいる。ひょっとことも友達になれた」
わしは、そっとその場を離れた。心が温かかった。

しばらく、その家に行かなかったのう。久しぶりに寄ったとき、どうしたことか、女の子が泣いておった。ひょっとこも泣きそうじゃった。
「ひょっとこ、あたしがいなくなったら寂しい?」
ああ、そうか。おめでとう。弟は無事に生まれたのじゃな。でも、この家を去らなければならないのか。ひょっとこは何と言うじゃろう。わしは見守ってた。するとひょっとこは、涙をこらえて歪んだ口で笑ったのじゃ。
「寂しいけど、あんたが幸せなら、寂しくない」
女の子は目を見開いて、ちょっと考え、大きくうなずいて立ち上がった。

「あたしも。寂しいけど、ひょっとこが幸せなら寂しくない」
泣き笑いの顔で、女の子はさよならを言った。それからもう一言。
「ひょっとこのその顔、好きだよ」
次の晩、わしはひとりぼっちのひょっとこのもとへ行った。鏡に映っておるのは相変わらずの歪んだ口、片方だけ小さい目のおどけた顔。じゃが、もうため息をついてはおらんかった。自信をもって、ほほえんでおった。
悩んでおった男の話は、これでおしまい。
ほー、ほー。

わたしは中高生の時、自分ってどうしてこんな顔をしているんだろう、と思ったことがあります。思春期になると、自分の外見や性格など様々なところが気になって、ちょっと嫌にもなってくることもあるのではないかと思います。

このお話は、ちょうどそんな時期、高校生の時に作った童話です。顔の個性と優しさについて考えた、ちょっとおかしなお話。他のライターさんとはだいぶ違う記事ですが、久しぶりに童話の世界に触れていただければ幸いです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


 

6+

大学二年生。昔から小説を書いていて、将来の目標は小説の力で平和な世界を作ること。そのために日々修行しています。最近心に残ったのは「作者は読者が納得したのであれば、どのような解釈であれそれでよしとしなければならないのです」という祖父の言葉。広島県出身で、地元の自然豊かな風景が自慢です。