【前編】インタビューシリーズNo.4 IOM駐日代表 佐藤美央さん

インタビュー
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IOM(国際移住機関)という国際機関を知っていますか?

IOMは “The UN Migration Agency”とも呼ばれる、人の移動に関する色々な課題を専門に扱う国際機関です。今回はIOM駐日代表の佐藤美央さんに、IOMでのお仕事のことや、若者に伝えたいことなどをインタビューしてきました。前編では、IOMの活動と佐藤さんのキャリアパスについて伺ったことをお伝えします!

【IOMとは】

IOMがどのような国際機関か教えてください。

設立されたのは1951年で、第二次世界大戦の後、ヨーロッパで多くの人が避難民や難民になってしまい、その人たちが新たな生活を立て直すために移住先を探していたという状況下で設立されたという経緯があります。設立されて68年目になりますが、長い間国連システムの外にある国際政府機関という立場で活動していました。2016年の9月に行われた国連総会で、IOMという国際機関が国連システムの中に入ることが決まりました。国連システムに入ってからは2年目という意味で、新しい機関ではあるのですけれども、機関自体は1951年からずっと活動している歴史の長い機関です。国際機関は設立された背景によってグループ分けが違っているのですが、世界貿易機関(WTO)などとともに関連機関というグループで国連システムに加入しました。

【駐日代表のお仕事】

佐藤さんが駐日代表として、現在されているお仕事について教えてください。

大きく分けて、二つあります。一つは「リエゾン」という仕事です。日本は国連機関にたくさんの資金・知見を提供している国なので、政府だけでなく、同じように貢献している日本国内の様々なパートナーと連携を図る必要があります。この中には資金調達も含まれていて、IOMがどんな風に日本政府とパートナーとなって世界中で人の移動に関わるかを調整しています。もう一つは、IOMが国内で行っている3つの事業です。

1)人身取引の被害者支援

2)非正規滞在になってしまっている外国人の自主的及び社会復帰支援

3)政府の難民の第三国定住支援

の3つで、例えば3つ目の事業では、IOMのマレーシア事務所を通して、日本に第三国定住することになったミャンマー難民の人たちを支援しています。出発前に日本に関する情報を提供する文化研修、日本語トレーニング、健康診断、渡航の際に必要な書類の準備など日本に来るまでの一連のサポートをしています。日本の中でも活動しているということが、IOM駐日事務所の特徴の一つだと思います。

【キャリアパスについて】

どのような経緯で国連職員になられたのですか。

実のところは、国連で働くということはあまり考えたことがありませんでした。 大学の学部時代には、アメリカ研究をしていました。人の移動・人種差別・人のアイデンティティに関心があったことと、政治・経済・文化など広くアメリカについて広く学ぶことができ、学際的な研究ができたことが大きな理由です。ただ当時はどのような職業に就きたいか、まだ全く予測がついていませんでした。大学生のうちに留学したいという気持ちが強かったので、学外のプログラムで1年間アメリカに留学しました。私が留学していた(1990年の9月〜1991年の6月)頃というのは、ちょうど第一次湾岸危機でした。そこで、アメリカの大学で一緒に勉強している仲間が徴兵される現実を目の当たりにしました。日本ではバブル期で浮ついた世の中だったので、まさか同時期の世界の別の場所で、このようなことが起きているとは思ってもみませんでした。そこで自分の世間知らずを痛感し、もっと勉強してから社会に出たいと思ったので、大学院への進学を決めました。大学院では社会学を専攻し、修士論文は、オーストラリアにおける移民の同化過程について執筆しました。

大学院で二年経った後も、何を職業にしたいのかあまりよく分かりませんでした。そんな時に幸運にも、外務省の専門調査員1)というポストのオファーをいただいたので、2年間ロサンゼルスの日本総領事館で働くことになりました。ロサンゼルスは多くの移民を受け入れていたので、様々な人種の人に会うことができました。アメリカ政府がどのような政策を作っているのか、移民社会の中で人々がどのように暮らしているのかを実際に見ることができ、とても勉強になりました。その後は、国際問題研究所の研究助手の仕事をしました。この研究所では主に安全保障の問題を多く扱っていたので、私が興味を持っていた人の移動とは違うテーマでしたが、勉強になることが数多くありました。また助手という立場なので、研究はしませんでしたが、研究に近い環境で仕事をすることができました。4年半働き、自分のこの先のキャリアを考え始めました。そして募集要項をふと見て、JPOに応募することを決めました。決め手は二点あります。そういえば人の移動に関心があったということと、また外国で働きたいとは常々思っていたことです。その後試験を受け、幸運にも合格を頂いたので、2001年からIOMで働き始めました。

IOMで働き始めてからはどのようなフィールドでお仕事をされていましたか?

最初に頂いた選択肢は三つありました。ケニア、ニューヨーク、バングラデュです。自分がアメリカについて専攻していたこともあり、ニューヨーク勤務とかなり迷いましたが、自分のキャリアを広げるためにケニアに行くことを決めました。これは私にとって大きな転換点でした。私にとって初めてのアフリカでしたが、ケニアは英語圏かつ外国人が多いという意味で働きやすい職場でした。ここで手応えを掴み、IOMで働き続けることになりました。そのあとはベルギーに行ったのですが、そこでまたこのまま続けるか迷い、一度やめようとしていました。しかし運良く特別無給休暇を頂き、一年間日本に帰ることができました。日本ではジャパン・プラットフォームというNGO団体の事務局で働くことになりました。はじめてのNGO勤務を通して、日本のNGO団体がどれほど海外支援に取り組んでいるのかということを知ることが出来ました。一年経ったあと改めて考えると、やはり自分は海外で働くことに意識が向いていることに気がつき、IOMに戻る選択をしました。

ここまでの話からも、佐藤さんがいかに多くの経験をされてきたかがわかります。佐藤さんは「自分がやりたいことがわからないなら、そのとき一番やりたいことを選ぶ」ということを基準に毎回何をするかを選択してきたそうです。一旦今のお仕事を離れることや新しい地で働き始めることは、勇気を要する難しいことだと思います。その行動力・積極性を見習いたいと思いました。

後編ではIOMならではのお話などを詳しくお届けします。お楽しみに。


1)外務省在外公館専門調査員とは、労働者派遣法の下で、わが国の在外公館(大使館、総領事館、政府代表部、領事事務所)に原則2年の任期をもって派遣され、在外公館の一員としてわが国の外交活動に資するため、語学力及び専門性を生かしつつ、在外公館長の指揮監督の下に、派遣国・地域の政治、経済、文化等に関する調査・研究及び館務補助の業務を行なうものです。

社団法人国際交流サービス協会 http://www.ihcsa.or.jp/zaigaikoukan/sencho-01/(2019年4月6日参照)

 

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VoYJ広報部員。最近、降りたことのない駅で降りて、現地の人が経営している韓国料理/タイ料理/インドカレーのお店を探すことの楽しさに気がついた。辛い料理でエナジーチャージしている女子大学生。