心の水やり

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バイト先の予備校が招待講習で賑わっている。無料で授業を受けられるので、高校生がたくさん来る。この時期の新鮮さが、私はなかなか好きである。

招待講習に来た生徒とは毎度面談をすることになっていて、社内の方針で、「お勉強」の話だけではなく「夢や志」の話も必須。

昨日の勤務でも、私は何人かの高校生とお話しした。

高校1年生の女の子。志望校は地方国立大学の心理学科。「将来の夢・やりたい職業」欄には、法務教官。
法務教官?
聞いたことがなかった職業名だったので、恥ずかしながら尋ねてみた。
少年院などに勤め、青少年の社会復帰のために教育・指導を行う職業だという。
どこでそんな職業知ったんだ高1。すごいなあ。
小学校のときの経験がきっかけらしい。転校してきた子が虐待を受けていて性格も荒れていたが、何故か自分に懐き仲良くなったことから、若者の更生に携わる職に興味を持った様子。
こういう出会いがあるから、予備校勤めもありがたい。私が刺激を受けてしまう。


次に話したのが、高校2年生の男の子。志望は旧帝大の法・経済学部。「夢・職業」欄は空欄。お勉強は得意なようで、地域トップ高校で校内模試1位が取れるそう。「将来の夢」とかそういう類のものに大変シビアな目線を持っており、「今将来の夢を語ってる人の中で本当に実現する人は殆どいない」「とりあえず就職に有利そうなので法か経済」と言う。
まぁそれは間違っていないだろうけど。
ちょっと寂しい。やりたいことを見つけたいとも思わないのかな。
自分が身を置く環境でトップを取れるから、受験勉強もそこそこに勉強すれば大丈夫だろうと高を括っている様子。

東京大学で過ごしてそろそろ一年。お勉強の出来る人をこれまでになく見た。
それでも、やりたい事が明確にあって具体的に行動に移してる人は多くない。
ましてや、将来的にそれを生業にする人は少ないだろう。現実的な高2の彼が言うように。
だからこそ、いまの時点で自分が興味のある分野でアクティブに活動している人たちが、圧倒的に立派にみえる。

お勉強、できるに越したことはないが、何も目標がないのなら、何のための学力だろう。
お勉強ができるだけじゃ立派ではないのだよ、と、ここ1年の確かな実感として思った。

でも、じゃあ、みんなどうやってやりたいことを見つけているのだろう。
もし、彼が彼女と同じような出会いを得ていたら、同じように法務教官を志しただろうか。
彼が飢餓に苦しむ難民を目前にしたら、彼らを救うために生きたいと思っただろうか。

なにかに出会い、反応する。それを繰り返してなんとなく進む道を決めていく。
自分の心を揺らすなにかに出会えなかったという点で、彼は不運なのかもしれない。
もしくは、何に出会うにつけても鈍い反応しか示せなかったくらい彼の感受性が貧しかったのかもしれない。

茨木のり子さんの、教科書に載るくらい有名な詩に、「自分の感受性くらい」というものがある。


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて


自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ



この「心の水やり」として、新たななにかへの出会いは良い「水」になるのではないかと思う。
積極的にいろんなものに触れて、自分の感受性をみずみずしく、柔らかく、豊かなものにしていったなら、その過程でなにか強烈な印象を残すものに出会うかもしれない。

私もまだ、明確に進みたい方向が定まってるわけではないから、たくさん水をやらなきゃいけない。いまは国際的な人道支援に興味があるけど、相次ぐ子どもの虐待の報道を耳にすると、国内の問題解決にも携わってみたいと思ったり。いろんな水をたくさん吸収して、それに対する心の動きに従っていきたいと思う。

私と少しの間話しただけの彼だけど、彼のぱさぱさに乾いた心もたくさん水やりしてもらって、何かやりたいことを見つけてほしい。
勉強はそれを実現するためのツールにすぎない。
本質を見失わないようにしたい。

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