No more「優等生」

ボイス

なんだかちょっと変なタイトルをつけてしまいましたでしょうか。見出しって注目を集めるのに重要だと学校で習ったので…まあそれは置いておくとして、私は決して「優等生」を嫌っているわけではありません。むしろ、「優等生」な人の味方であり励ましたいと思っている立場です。じゃあどうしてあんなタイトルを、というのは前述の通りです。

「優等生」とか「いい子」という評価やそれらであること自体に、一度でも苦しめられた経験はありませんか。そういう言葉をもらいたくてそれ相応のふるまいをしているのであれば別かもしれませんが、自身の行動の良い面だけ上澄みのように抽出され、本当の自分を理解されないまま「いい人」というレッテルに苦しむとか。あるいは、他人のことを気遣いすぎて、自分を後回しにしがちだとか。とにかく、そういう社会的にはプラスと見られがちな要素に何かしら苦い思いを抱く方にはぜひ読んでほしい。とはいえ私はその1人に過ぎないので、明確な処方箋を提示できるわけではありませんが、同じような人がいると思っていただければ十分です。もちろんそうでない方も、読んでいただければ嬉しいことこの上ありません。このような人間がいることを知ることは、他者への理解を深めることにつながるため、巡り巡って戦争も紛争も貧困もなくして世界平和を実現します。多分。

前置きが長くなりました。記事を書くのはほぼ初めてですし、指示語が多く読みにくくなる傾向がありますが、構わないよという方はぜひ読み進めてくださいませ。

急に文体を変えます。作文の添削ならペケが入るやつです。

 

昨年、出身中学校のコーディネーターの方にお話をいただいて、キャリア教育の一環として行われている講座にて講演を行う機会があった。コーディネーターの方には在学時からお世話になっており、「(筆者は)すごく頑張っていたし、なんでもいいからお話を聞かせてもらえれば生徒のみんなにも役に立つんじゃないかしら!」といった流れでお話をいただいたものの、実際私は別にただの平々凡々大学生であった(今も)。よって講演なんて書いてしまうと非常に恐れ多いのだが、お話をいただいた以上はぜひとも彼らに役に立つ話をしたい、と思った。中学生はなんやかんやみんな多感な時期である。一つのものに大きく心を揺さぶられることもあれば、出会ったものに無自覚に影響を受けて無自覚に知らぬ方向へ進んでいたり、適当に聞いていた話のかけらが生活のどこかで急に意味をもつなんてこともある。たかが平凡大学生のへぼプレゼンが彼らにコペルニクス的転回を…なんて絶対にありえない。しかし、本当に些細なことでもいいので新しい気づきを与えられたらいいなと考え、話したいことを考えだした。

 

自分で言うのもどうかと思うが、私は「優等生」だったと思う。ルールは守るし、勉強もちゃんとするし、部活も委員会活動もなんでも全力で行う真面目な生徒だった。そんな自分の姿そのものは嫌いじゃない。昔からなんにでも興味をもち、いろいろな経験をしたいと思うタイプの人間だったので、むしろよく頑張っていたなとプラスには評価している。器用ではないので何もかもががむしゃらではあったが、とにかく一生懸命やるということそのものが楽しかったし、いい結果が出なくてもそれは必ず自分を作る貴重な経験になるという理論のもとに、私は生きていた。さらに私は学校という居場所そのものが大好きだったので、大変なことがあってもそれ以上に楽しいことや大好きな人たちがいたから、頑張り続けることができた。「小学校(中学校、高校然り)時代はどうだった?」なんて聞かれたら「すごくよかった!楽しかった!」と即答するだろうし、それ以外にうまく表現する言葉が見つからない。

だが、大学に入ってからそれこそ私にコペルニクス的転回が訪れた。大学というのは学問あるいは研究を行う機関であり、自身の学びたいことにとことん没頭できる場所である。在学期間中はその人次第で、学問以外にもいろいろなことを経験できる。察しがつくかもしれないが、あのような生き方をしてきた人間が勉強以外(サークルやバイトなど)もしっかり頑張りたいと思うのは当たり前で、実際忙しいけれども楽しい日々を過ごしてはいた。

でもそれは逆にいえば、ほとんどが自己責任になるということだ。やった分だけ結果が出るというのは、やらなかった分だけ退化していくということだ。私はいつしか忙しさに吞み込まれ、勉強がなんとも中身のないものとなっていた。全くサボっていたわけではないが、単位が取れればいいという思考に甘んじてしまうようになった。そんな自分が情けなかったが、バイトやサークルはやはり疲れるし、友達とも遊びたいし、既に埋まっている「予定」のなかに勉強を組み込む気力が薄れていった。もちろん自己責任なんて社会に出たら当たり前のことではあるから、極端に驚くべきことと言うつもりはないけれど。

 

このような環境の変化が私に何を与えたか?

「その環境で一生懸命頑張る」ことを自分の生きる軸にしていた。この気付きである。

 

だから、例えば校則を守ることについては何の違和感もなかった。規律を遵守することの正当性を疑うことすらなかったと思う。課題も出さなくてはいけないから出す。もちろん、課題も楽しく自分のためになるよう工夫はしていたが、前提としてやるべきことが設定されているのである。与えられたことを「頑張って」こなす。そして自ずとそこそこ結果がついてくるし、自分の居場所が確保される。褒められて自尊心もそこそこ保たれる。そんな学校生活を過ごしていたのが、高校までの私だったのだと思う。楽しいと思えたのは、自分を少なからず認めてくれる環境があったから。用意された環境が前提となっていたのだ。そして勉強を今まで私が頑張れていたのも、一緒に同じことを頑張る仲間が一定数いて、そして課題や指針を提示してくれる存在がいたから。すべてその環境が前提となっていた。私は今でも大学での勉強が自分には向いていないと感じることが多いのだが、それは物事を疑うという視点が足りないことに起因していることがほとんどである。きっとこれも今述べたような生き方の必然的な帰結なのだろう。

 

いかに「自分で」考えるか。

これこそが過去にもっとやっておかなくてはならないことだったのだろう。と思う。

規則を守ること、課された課題をこなすこと。これらは実際重要であり、重要だから学校の指導の中心に据えられる。蔑ろにしろとは言わない。だがこれで満足してはならない。きちんとこれらを果たせば評価もされるし、果たさなければ指導の対象になるという仕組みが、私たちにその先の思考を許さなかったのではないかと思う。義務というのは私たちの言動を無意識的に決定してしまい、「自分がどうしたいのか」と向き合うことを阻害してしまうことがある。というか、子どもたちはまだまだ視野が狭い分、義務に自己との対話を阻害されるのはほぼ必然ではないか。

こんな環境で「自立した人間に」だなんて本当に達成しうるのか?達成したとしてもその度合いは決して十分ではないのではないだろうか。今になったからこそこうやって考えることができるけれど、実際にはこんな風に環境を疑う力も時間も当時の私には足りなかった。それでも、少しでも自分に、環境を疑い自身とより深く向き合う姿勢があれば、もっと違った人生を歩んでいたかもしれない。

どんなに社会が変化しても、生きている限り自分と共にあるのは自分しかいない。一人では生きていけないのは真実だけれど、他者や環境基準で自分の人生を決定しすぎてはいけない。とにかく自身と向き合うことを放棄してはならない。自分が何をしたいのか、指針は自分で決める。決め続けなくてはならない。読者の方には「何当たり前のこと言ってんの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、私にとって毎日はこの命題との戦いである。

「優等生」は、全員ではないが自分の人生を少なからず無駄にしている可能性がある。目の前のことに一生懸命になるというのは非常に素晴らしいことだが、それだけでは長い目で見るともったいないぞ。私のようなタイプの「優等生」諸君、ぜひ自身の声に耳を傾けて、より素敵な人生を送ってほしい。大体そういうタイプはみんな優しい。自分にも優しくすることを恐れないでほしい。

 

以上のような内容を講演でお話ししたわけである。偉そう。「消防士」とか「医師」とか、具体的にどんな人かわかれば人は集まるだろうが、「現在大学2年生☆」だけで人が集まるわけがないと思っていたので、約30人も聞きに来てくれたのは予想外だった。何か1mmでも彼らの心に引っかかるポイントがあったのならいいなと願っている。

なお、この文章中には学校に対する批判的なコメントも出てくるが、私は学校制度や社会そのものを相手にしており、私の母校やお世話になった先生など特定の存在を批判しているわけではないことをご了承いただきたく思う。むしろ私は母校も恩師も級友も大好きであるし、今の自分の基盤を作ってくれた存在なので、心の底から感謝している。

物事の見方を変えるだけで世界が180°ひっくり返るような経験のこと


 

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