本当にいじめ、ダメ絶対。―いじめを受けた私の話―

ボイス

いじめを受けて傷ついた心がいつになっても癒されないのは、くしゃくしゃにされた紙をどれだけ丁寧に広げても、元には戻らないのと同じことだと思う。

 

小学五年生の頃の私は、可愛いものが大好きで、可愛いものに囲まれているのがとても幸せだった。フリルやレース、ピンク色にハートのモチーフの、夢見るみたいに可愛いものが大好きだった。ランドセルはピンク色で、そのランドセルにはフリルやレースの付いたカバーを付けていたし、筆箱や鉛筆も可愛いものだらけだった。大好きな友達たちと仲良く学校生活を送り、とても幸せだった。

 

その大好きな友達たちから、仲間外れにされて、無視されて、いじめを受けるまでは。

 

仲間外れにされた日から、ひとつ、またひとつと、私の可愛いものたちは無くなっていった。私がトイレに行って、教室から離れる度に無くなっていった。どの子に話しかけても無視されるようになった。他の子たちもよそよそしく私を避けるようになった。

とてもつらくて、悲しくて、どうしようなく、生まれてはじめて、「死にたい」と思った。

 

いじめが始まって3ヶ月ほど経ったある日、私は「学校に行きたくない」と玄関の前で泣いてしまった。それを見て、たった一人の親である母はどこか察したように「いいよ」と言ってくれた。

 

その後、いじめを受けていること、私のものが無くなることを母に嗚咽を吐きながら、説明した。それから一週間ほど、学校に行かなかった。でも、人一倍真面目といわれる私は授業についていけなくなるのが何より怖くて(当時の私は学校が全てだと思っていた)、学校に行ってみることにした。

 

私が学校に行ったその日、担任の先生を交えて話し合いをした。その時に私の可愛いものが目障りでうっとうしくて、不愉快だったと大好きだった友達たちに言われた。彼女たちは言いたいことを言えてすっきりしたかもしれないが、私の心は深く傷ついた。

 

それから私は可愛いものを絶ち切り、立ち直ったふりをして、地域の公立中学校に進級した。だけど、中学校でもクラスの子に避けられるし、通りすがりに悪口を言われるし、馴染めなくて不登校になった。

 

昨年、高校を卒業した人たちと同じ程度の学力があるという証明である、高等学校卒業程度認定試験は合格した。

今は普通の学生生活とは離れたところで、通信制大学に合格することを目標としている。(多種多様な通信制大学がある現代に生まれて本当に良かったと思う今日この頃。)

 

今でも、いじめを受けた当時の状況を夢に見てうなされて、夜中から朝方にかけてまで、布団の中で静かに泣いていることもある。

 

心に負った傷は癒えるのに、思っていたよりも時間がかかるから。

本当にいじめ、ダメ絶対。

 


 

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