サイエンス・フィクション化する世界

VoY全国駅伝
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企業のネットが星を覆い

電子や光が駆け巡っても

国家や民族が消えてなくなるほど

情報化されていない近未来

(押井守『Ghost in the Shell/攻殻機動隊』,1995)

1995年公開のSFアニメ映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』。その冒頭でスクリーンに浮かび上がった文章は、24年を経て現実になりました。

24年という時間が長いか短いか、色々な見方があるでしょう。しかし、うっかり見落としがちですが、我々の社会は24年間一定のペースで変容してきたわけではありません。

『攻殻』公開と同年、ようやく日本でもインターネットが普及し始めました。これは、Windows95の発売、阪神淡路大震災でのネット情報への注目がきっかけでした。さらに同じ年、PHS(携帯電話)の販売も始まり、その後99年にEメールが始まります。僕が生まれたのもこの頃でした。2001年に3G、2008年にiPhoneが登場し、ようやく我々の見慣れた社会が近づいてきます。実に、たった10年前のことです。

こうして見てみると、Google、Apple、Facebook、Amazonといった企業(4社の頭文字をとってGAFAとも)のサービスは、目まぐるしいスピードで我々の生活に溶け込んできたことが分かります。振り返ると、ここ10年、いや、それよりも短い期間で我々の社会は大きくその姿を変えたのではないでしょうか。

そして、その変化を懐かしむ暇すら、我々には与えられていません。速すぎる変化に、80年代・90年代を席巻したサイバーパンク1)は色褪せ、『AKIRA』のネオ東京2)も、『攻殻』のネット世界3)もフィクションの彼方へ追いやられています。もしかしたら、次第に現実味を増してくるのは、一周回ってより古い作品かもしれません。

1932年刊行のオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』は、アメリカ資本主義初期の「テイラーシステム4)」、「フォーディズム5)」を神格化した新世界を描いています6)。このくらい皮肉が効いた作品が欲しくなるくらい、昨今の変化の速度は速すぎるように思われます。

最近では、書店のビジネスコーナーに「GAFA」の文字が躍るようになり、新聞には「ニューモノポリー」なる用語が出現しました。「ニューモノポリー(新独占)」とはApple StoreやAmazonのプラットフォームなど、自ら市場を管理する新しい独占を指すようです。

ここにきて、便利さの裏に潜む危うさが見え隠れするようになってきています。

さらに、亡霊のようにスマホを凝視し続け、ネット上にしかリアルを見いだせない……は極端だとしても、それに近い社会が訪れているのかもしれません。テクノロジーの否定や懐古主義はナンセンスですが、かといって無批判に便利さを受け入れてよいものでしょうか。

もしこのコラムを読んでくださっている方がいるとしたら、おそらくスマホか、PCか、何らかの端末を通して文章を読んでいることでしょう。であれば、みなさんの前に広がるメディアの意味をもう一度じっくり考えてみてください。そして、できるならば、あなたにとっての未来、新世界を思い浮かべてみてください。

もしかしたら、そこにあるのはハクスリーが描いた新世界とは別の形での『すばらしい新世界』なのかもしれないのです。


1) 1980年代に登場した、人間を生物的・機械的に拡張したりするSFのジャンルのことです。

2) サイバーパンクの代表作である、大友克洋『AKIRA』の舞台になる海上都市で、オリンピック前年の2019年という設定でした。

3) 前出の『攻殻』のネット世界は、機械的に補強された脳である「電脳」を介してアクセスできる情報空間という設定でした。

4) テーラーにより提唱された、時間とノルマなどによる工場管理・労働者管理の方法です。人間を部品や機械のように扱っているという批判も浴びました。

5) フォード自動車会社の創業者H.フォードが提唱した考えで、その実践であるフォードシステムでは大量生産、ベルトコンベアによる流れ作業が採用されました。

6) 『すばらしい新世界』では、人々が幸せなディストピア/ディストピアとしてのユートピアが描かれました。

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