中高生の合唱文化

あなたの知らない世界
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何を書いてもいいとのことなので、合唱について書いていきたいと思います。世の中の多くの人は合唱を何かしらの形で経験したことがあるのではと思います。例えば小中学校のクラス合唱なんかで。合唱に対して良い印象を持っている人も悪い印象を持っている人もいると思いますが、おそらく両者に共通して、「合唱は吹奏楽みたいな他の音楽分野と比べると人気がない」と考えている方が多いように感じます。まあ、身近に合唱をやっている人は少ないのでしょう。ただ、これは事実でしょうか。みなさんは日本の合唱人口は総人口の何パーセントくらいだとお考えでしょうか。0.1~1%くらいかな?1%でも100万人くらいになるので、こんなにいないんじゃないかと思う人も結構いると思います。しかし実際には200~300万人と言われています(レジャー白書2014によると余暇を合唱によって過ごす人は320万人だそうです)。実感より多く感じると思います。私も調べていてびっくりしました。


この数字だけ見ると合唱界は将来安泰そうにみえるのではと思います。ところがどっこい、今の合唱界は非常に難しい局面を迎えています。というのも、実は十数年前と比較すると合唱人口は大幅に減少、かつ高齢化しているのです。90年代までは500万人を超え、また増加し続けていた合唱人口は、今では急速に減少しています。少子高齢化による人口減少はあらゆる分野に対して影響を及ぼしておりそれは合唱も例外でないというのも事実です。しかし、実は若い世代の合唱人口は減っていないのです。中学生から大学生までの範囲では今でも合唱が非常に盛んに行われています。コンクールなどのレベルも非常に高くなっており、CDやDVDを出す高校生団体があるほどにまで成長しています。大学生までの範囲に限定すれば合唱は過去最高レベルの盛り上がりを見せているとも言われます。ここに、合唱界の抱える問題の複雑性があります。


若い人はたくさん合唱をやっているのに続けていってもらえない。この原因として単純に社会に出てしまうと時間がなくて合唱をすることが難しい、受け皿となるような団体が少ない、などなど様々な理由が考えられると思います。しかし私が思うに、この若者が合唱を辞めてしまうという現象には、「コンクールの過剰な盛り上がり」が大きく影響しているのではないかと思います。


合唱コンクールを実際に聞きにいった事のある人というのは決して多くないと思います。ではどのくらいの人が聞きに来るとみなさんお考えでしょうか。1000人くらい、といったら驚くでしょうか。しかもこの人数は県大会の話です。全国大会ともなると2000人を収容できるホールがキャパ不足になります。チケットの倍率は2~3倍程度と言われています(各出場団体に数枚ずつ割り振られているので関係者はもうちょっと入手しやすくなっています)。合唱コンクールには近親者は勿論のこと、一般の合唱愛好家や全国大会に出場できなかった合唱部の中高校生が集まることもあり、倍率は意外と高くなっています。これだけの注目を集めている理由は先程も述べた通り非常に演奏のレベルが高くなっているためです。プロ並みとまではいかなくともセミプロの社会人団体とは十分に肩を並べられる実力と言われています。ユーチューブなどにある演奏音源を聴いてもらえればわかると思いますが、本当に素晴らしい演奏をしています。


しかし、合唱ひいては声楽というものは長年の経験と豊富な練習、更には天性のセンスがないとやっていけない世界です(器楽であっても同じことですが)。それにも関わらず普通の高校生がこれだけの演奏をすることができるのは何故なのでしょうか。


みなさん察しはついていることと思いますが、非常にハードな練習を積んでいるためです。ほとんど毎日休みなく、合唱音楽について経験と知識のある指導者の下、厳しい練習に励んでいます。指導は基本的にはその学校の音楽の先生が行い、プラスで月に一度くらい専門の先生をお呼びするという形が多いようです。音楽の世界では毎日継続する事が非常に大切なのですが、中高生はそれがやりやすいため週に3~4日程度の練習をしているセミプロの合唱団体よりも上手くなる事ができる、という仕組みです。


そしてもう一点、これが非常に重要だと思われるのですが、コンクールで上位に進出するような学校は年間を通じてコンクールにターゲットを絞って練習しています。そのためコンクールにおいて高評価を得やすい「音程が複雑で、和音が調えにくく、ダイナミクスの大きい、メッセージ性の強い曲」に半年或いは一年かけて取り組むことになります。このような曲は確かにコンクールには映えるのですが、歌う側としては非常にシビアな音程感が求められ、限界まで大きな音を振り絞って出す部分もあれば囁き声くらいまで小さくする部分もあり、さらに言葉を明確に伝えなくてはならない、と合唱歴の浅い人が歌うには課題があまりに多く、これを歌いこなすのは困難です。また、「歌う楽しさ」を感じるのにも相応の経験を要する曲と言えます。そのため歌う事に楽しさを見出せない人も多いのですが、このような人たちがある種、意に反して歌わさせられているというのが現在のコンクールの実態と言えます(これは合唱に限ったことではありません)。このような経験をしてきた人々がその後も合唱を続ける割合というのは然程高くない、というのは頷ける話ではないでしょうか。


私がこの文章を書いた意図として、決してコンクールを否定したいわけではありません。コンクールによってもたらされた合唱界のレベルアップは非常に有意義なものであり、それ自体は素晴らしい事だと思います。しかし、コンクールの存在によって中高生が、本来自由であるはずの歌との向き合い方において非常に画一的な、ある種の基準のようなものに縛られてしまっているのではと思うのです。この結果として「歌うことの楽しさ」というのが忘れられているのではと感じます。そのような状況の下では若者が合唱を辞めてしまうのも無理はないでしょう。


私が思うに、コンクール(ないし非常にレベルの高いものを要求される定期演奏会)以外の、純粋に歌うことを楽しむための演奏機会というのが中高生にもっと必要なのではないでしょうか。合唱祭のようなイベントも確かに存在しているのですが、コンクールなどと比べると盛り上がりを欠く事が多いです。このようなイベントがもっと周知され、さらにその規模を拡大する事ができれば、若者が合唱から離れる事なく続けていくモチベーションを得られるのではないでしょうか。また、そのようなイベントが広く行われる事で、社会人になっても合唱を続けていく上での一つの目標のような存在になりうるのではないかと思います。

合唱を愛する1人の大学生として、日本における合唱文化がより一層栄える事を願っています。

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