金沢大学教授 堤敦朗​​先生【前編】

インタビュー
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こんにちは、VoYJ事務局の金澤です!

9月23日に、現在は金沢大学教授の堤敦朗​​先生にインタビューをさせて頂きました。

 

VoYJ事務局メンバーと、事務局メンバーがいつもお世話になっている、東京大学特任准教授である井筒先生がインタビュアーとして参加しました。

国連において、精神保健をSDGsに含めるなどの枠組みづくりをされた堤先生は、国連本部で精神保健担当チーフをされていた井筒先生と共に活躍されました。また、お二人は学生時代を含め深い関わりがおありです。

堤先生はWHOの技術専門官として、インド洋大津波対応の他、災害精神保健ガイドライン作成等を担当し、その後、JICAで初めての精神保健に関する長期専門家として、中国・四川大地震後の心のケアプロジェクトを統括されるなど、長くフィールドで活躍されてきました。

さらに国連大学において、非感染症・精神保健・障害者の権利等に関し、SDGsや仙台防災枠組など国連の枠組みづくりにも従事された方でもあります。

前編は堤先生のプレゼンテーションをご紹介いたします。
堤先生が写真を交えながらご自身の経験をお話ししてくださいました。

 

堤先生の原点

堤先生: 僕の人生において一番大きかったのは、中村哲先生の著作『ペシャワールにて』に出会ったことです。『ペシャワールにて』は、医師である中村哲先生が、数百万のアフガン難民が流入するパキスタン・ペシャワールの地で、1984年以来現地スタッフと共にハンセン病患者と難民の診療に従事する様子について書かれた本なのですが、大学4年生の時に、就職するか進学するかで迷う中で、中学3年生の頃に読んだこの本のことが蘇り、こういう国際協力の世界を目指して頑張ってみようと思いました。

 

堤先生は国際保健の道を志すことに決めて大学院に進学すると同時に、その著作に大きな影響を受けた中村先生の元で勉強するべくパキスタンへ向かいました。

 

堤先生: 大学を卒業したばかりの頃、今だったら考えられないかもしれないのですが、当時の大学院の先生が「ペシャワールに行って調査してみたら」と送り出してくださり、中村先生のところで色々と勉強をさせてもらいました。そこが僕の原点かなと思います。

<左:堤先生 中央:中村先生 右:井筒先生>

 

パキスタンでの経験

堤先生: 同時多発テロ後の爆撃が始まった2002年には、ペシャワールでは、難民キャンプを回って診察のお手伝いや子どもたちの話を聞くなどということをしていました。難民キャンプの小学校も訪れましたが、どこに行っても子どもたちは可愛いですね。写真(下)はマドラサ(イスラーム圏の宗教学校)に通う男の子たちなのですが、貧困下にある子どもたちは、学費がかからず衣食住も提供されることがあるマドラサに通うことが多いです。

<マドラサの子どもたち>

 

他にも、堤先生は現地の飲み物、食べ物の様子やスポーツの体験などを、楽しそうにお話ししてくださいました。そんな中、現地で、ある忘れられない出会いがあったのだそうです。

 

堤先生: 綺麗な顔をした6歳の少年でしたが、彼と話したことは今でも忘れられないです。アフガン難民の子で、パキスタンの難民キャンプで出会いました。彼は、難民キャンプへ向かう道中で親を殺され、かつ自分の親が殺されるところを目撃してしまいました。そのことがあって、夜泣いてしまって眠れない、みたいな話を淡々と、でもどこか憂いがあるように話すんですね。それを聞いた時の衝撃があまりに大きくて、今でも忘れられないのです。

<堤先生が忘れられない出会いと語る、アフガン難民の男の子>

 

こういった出会いや、中村先生が活動されていたハンセン病に関して、その患者さんと話をした経験から、堤先生は次のように考えるようになったそうです。

 

堤先生: 僕はそれまで、病気の時には優しくケアしてもらえる環境で育ちましたが、病気によって社会や家族から疎外されたり、子どもながらに大きな苦しみを抱えて生きている人がいたりするような現状を目の当たりにして、そういった苦しい思いをしているのに声が届かない人や、声をあげずに苦しみと対峙している人々の心がずっと気になり続けるようになりました。こうした背景もあり、大学院博士課程では、バングラデシュでハンセン病の患者さんのメンタルヘルスと差別意識との関わりを研究しました。

 

その後のキャリア

その後、堤先生は2008年に中国で起きた四川大地震の際、JICA専門家として3年間中国に滞在したそうです。他にも、マレーシアで働いていたことや、国連で働いていた際、WHOの本部やIAEA(国際原子力機関)本部、国連のニューヨーク本部との協働、現在研究をしているフィリピンのスラム地域のことなどを、写真と共にお話ししてくださいました。最後に、フィジーにある精神病院の壁にカラフルなアートが描かれている写真を見せてくださいました。

 

<マレーシアにて仕事仲間と>

<国連本部での会議>

<フィリピンの研究チーム、ボランティア・ヘルス・ワーカーの現地の方と>

<フィジーの精神病院の外壁アート>

 

堤先生: 色々と根無し草的にやってきたのですが、やはり中村先生の下で活動していたときに、ペシャワールで感じたことが今でもずっと根底にあります。また、当然のことかもしれませんが、これまでやってきたことは一人では絶対にできませんでした。井筒先生もサポートしてくれたし、現地の人や当時の先生など、いろんな人に助けてもらいながら今の自分があると思っています。

 

*記事は後編に続きます。


 

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