アメリカ、日常、非日常 #2

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早朝にボルチモアを離れ、バスでニューヨークに向かった。ホテルに荷物を置いて、ニューヨーク土産がたくさん置いてあるチェルシー・マーケットへ向かう。入り口の扉の前で、大学のバンドサークルの先輩である齋藤さんが待っていた。

「うぇい! ようこそ!」

ニューヨークは齋藤さんの街らしい。少なくとも齋藤さんはそう言っていた。すしざんまいの社長よろしく両手を広げて、タイムズスクエアの下で「ようこそ俺の街へ!」と叫ぶ齋藤さんの姿を思い描く。マグロが空を泳いでいる。齋藤さんは大きな企業に勤めていて、ニューヨークで機械学習の研究をしている。とにかく男前で、とにかくギターが上手い。なのに親しみやすくて、冗談まじりに皆から「齋藤さんはこんなにカッコ良いのに、マジで残念な男だよな」と言われている。

ふらりと入ったレストランで、牡蠣にレモンを絞り、ロブスターロールにかじりつきながら、仕事の話を聞く。この街にはハードワーカーが溢れていて、齋藤さんも結果を出さなければいけないというプレッシャーと日々闘っているらしい。自分自身に課した試練をどう解決していくか考えながら日々を送っているようだ。論文には査読というプロセスがあって、それに通るかどうかは受験のようなものらしい。通る論文の数(正確には応募数に対する通過数の比率)が決まっている。「闘いやな、」齋藤さんはそう言っていた。気付いたらロブスターロールを食べ終わっている。

食後の散歩がてら、景色が綺麗な水上公園・リトルアイランドを訪れる。齋藤さんっていつからバンドやってたんですか。そう聞くと、「大学からよ」という意外な答えが返ってきた。てっきり高校くらいからずっとバンドをやっていたと思っていた。僕たちの入っていたバンドサークルはゴリゴリの実力主義で、楽器が上手い人ばかりが集まる、逆に上手くないなら死に物狂いで食らいつかなければいけない、そんな場所だった。僕がサークルに入った時から齋藤さんはとにかくギターが上手くて、最初は話すのが怖いほどだった。でも、飲み会で喋ったら呂律が全然回ってなくて、これはいける、そう思った。そんな齋藤さんも、バンドを始めたのは大学からだったらしい。「速弾きはできたけどリズム感が全くなくて、音作りにもこだわりがなかった。だから最初の頃はしんどかったな。基本負けず嫌いやから」カッコ良くギターを弾く齋藤さんの姿の裏側に、砂を噛むような研鑽の日々と、悔しさをバネにする胆力を垣間見た。

本屋でポール・オースターの本を買い、酒屋で日本酒を買った。どっか行きたいところある? と聞いてくれたので、国連ビルですかね、と答えた。留学から帰ってきた高2くらいから、ぼんやり国連で働きたいと思うようになった。世界中を飛び回って、たくさんの人と話して、その人たちが困っている課題を解決することに全力を注げたら、どんなに素敵だろうか。そんな思いを抱いて大学に入り、国連で頻繁に用いられるフランス語を第二外国語として選択し、国際関係論のゼミに入った。大1の頃には授業の一環でニューヨークを訪れ、国連ビルを見学した。カッコ良いな、そう思った。世の中にある「課題」は複合的だし、「たくさんの人」にはそれぞれのニーズがあり、ニーズ同士が衝突することもあるんだよ、そう当時の自分に声をかけてあげたくなる。(今も相当だがそれにもまして)ナイーブだった僕を思い出しながら、今見たらどんな感情を抱くのか知りたくて、国連ビルに足を運んだ。通りをまっすぐ進んで開けた正面に、39階建てのビルが建っている。笑ってしまうほどあの頃と同じ感覚だった。カッコ良いな。国連への憧れは、働く場所が変わっても、僕を取り巻く環境が変化しても、ずっと原点として胸の中に残っていることだろう。そう思った。

齋藤さんが思い描く20年後の姿って何ですか? と聞くと、プレイヤーではなくて後続の優秀な人たちを育てる存在かな、という答えが返ってきた。マネジメントをするにしても、何かを教えるにしても、自分が実際に経験していないと内実を伴わない。この人は本当にストイックな人だ、そう思った。口先だけではなく、必ず中身を伴わせる。自分の限界を数ミリずつでも先に押し進める。齋藤さんは僕が今まで出会った「先輩」の中で最も後輩にバカにされ、最も後輩に愛されている。齋藤さんに憧れる人が多い理由が、何だか見えてきた気がした。これからも、この人は牡蠣を奢り続けて、慕われ続けるんだろうな。ありがとうございました、そう伝えて別れた。

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齋藤さんと別れてから、ニューヨークのThe Campbellというバーに向かう。ホストマザーの弟、ホストおじさんとでも言おうか、そんな存在の友達・ロブに会うのだ。ロブはずっとドラマーをしていて、最近も働きながら音楽活動を続けている。僕がドラムを叩くことを伝えると、高校生の僕を見下すこともなく一瞬で友達になってくれた。事あるごとにスティックやドラム用品をプレゼントしてくれる、優しいおじさんだ。

薄暗いバーの入り口でロブを見つけ、抱擁を交わす。店に入ると、日本のバーでは想像のつかない立ち飲み形式だった。バーカウンターはオーセンティックなバーそのものなのに、皆パブのように飲み物を置いて立ち話している。ミクターズのストレートを2つ頼み、ロブと乾杯する。ポール・マッカートニーと親交が深いロブは、音楽業界の文字通りあらゆる場面を目撃していて、会う度に華やかな世界のおもしろ話を教えてくれる。この日もウイスキーを傾けながら、フー・ファイターズのライブのバックステージでの1コマを紹介してくれた。ロブ自身も、今でもドラマーとしてライブに出ているらしい。この前のライブでミスしちゃった、そう語るロブは本当に悔しそうで、PKを外したサッカー少年のような表情をしていた。まだ音楽は続けてる? そう聞かれたので、ドラムも叩いてるし、時々ギター弾いて歌ったりもするよ、最近は曲も書いてる、そう答えるとロブの目が輝いた。7年前に拙い英語で「僕はロックが大好きです」と伝えた時も、同じようにロブの目は輝いていた。忙しいロブは、この後すぐに用事があるらしい。グラスを置いて、2人で店を後にした。お土産に渡した日本酒のボトルを裸で持って、「元気で!」とニューヨークの街に消えていった。

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僕の好きな人たちは、自分の感情に正直だ。喜びも、悔しさも、怒りも、悲しみも、全て誤魔化さずに表現する。妥協などすることなく。自分の強さも、弱さも、心から愛して日々を生きている。そんな人たちに囲まれていることが何だか嬉しくて、ストロークスを聴きながら、街灯に照らされたニューヨークの街を鼻歌混じりで歩いた。


 

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