ふたごのうさぎ:こころの病気になったはなちゃんのはなし

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その年の初め、わたしのはなちゃんは、こころの病気になった。
頭の整理のために書きとめていたら、物語みたいになっちゃったけど。
これはその年の3月の、書きっぱなしの文章。
少し伏せたところもあるけど、わたしの周りで本当に起きたことばかり。 

ꪔ͈̮ꪔ͈̮

はなちゃんとわたしは、二卵性のふたごに近い関係といったらいいのかもしれない。
なかみもそとみもぜんぜんちがう。
はなちゃんはおとなしくて、さっちゃんはおしゃべり。
はなちゃんはしっかりもので、さっちゃんはあまえんぼう。
はなちゃんはつり目で、さっちゃんはたれ目。
おかあさんには、はなちゃんはミッフィーで、さっちゃんはメラニーちゃんね、と言われていた。
わかるかな。そっくりなんだけど、しろうさぎとくろうさぎみたいに、いろんなところでぜんぶちがうということ。あるいは、いろんなところはぜんぶ違うのに、そっくりっていうこと。
だから、どこかでつながっていて、お互いのことはちゃんとわかるんだ。
わたしははなちゃんが大好きだった。
あ、これは言っておかなきゃ。はなちゃんはやさしくて、さっちゃんも、たぶん、やさしいからね。 

いつの間にか、はなちゃんもわたしも大きくなっていて、おうちを出て、それぞれひとりぐらしをはじめていた。
このまんま、ふつうに大人になっていくんだろうなあ、と思っていた。 

ꪔ͈̮ꪔ͈̮

はなちゃんの話にもどるね。
はなちゃんは、この1月ぐらいから、ずっと具合が悪かったんだって。
めずらしく、はなちゃんの方から、何回も電話がかかってきて、最近あったいろんな話をしてくれた。
なんて言ったらいいかなあ、ふしぎな話が多かったんだよね。
超能力の話とか、神さまの話とか。
だけどね、なんせメラニーちゃんはとてもおっとりしているから、気がつかなかったのよ。
そうなんだ、すごいねえ、とか。ぜんぶ信じちゃった。
ちょっとね、ちょっとだけは、ちゃんと心配になったよ。わたしだって病気を勉強している大学生だから、「あれ?」って。
だけどね、さっちゃんは、大好きなはなちゃんは元気だって、そう信じていたかったのよ。 

はなちゃんは、そのあと、かなり具合がわるくなって、「妄想」の症状がひどくなって、ちょっとおまわりさんのお世話にもなって、お父さんうさぎとお母さんうさぎのいる実家にもどった。それから、お医者さんに行って薬をもらって元気になって、ひとりの家に帰っていった。
それで安心していたんだけど、はなちゃんの病気は、少しむずかしかったんだ。
3月にわたしも帰省して、少し遅れて帰ってきたはなちゃんに会って、びっくりした。
はなちゃんは、前とは様子が変わっていた。やつれていたし、目はぎらぎらしていて、いろんなことをかんちがいして、さっちゃんのお洋服をとっちゃったりとか、自分で描いた絵をびりびりに切り裂いちゃったりした。かってに遠くの町まで出かけて、連絡がつかなくなったりもした。
だけど、決まって最後にはもとのはなちゃんにもどって、ごめんね、あのときは少しおかしかったんだ、と泣きながらあやまっていた。
そのたびに、ちょっとほっとして、かわいそうになって、どうしたらいいかわからなかったんだ。
薬だってちゃんと飲んでいるのにね。
はなちゃんはこの春から社会人になるはずだったんだけど、お医者さんのすすめで、就職するのを断ることになってしまった。
「なんでこうなったんだろうね。はなちゃんはずっとがんばってきたのに。」
はなちゃん、わたしはなんて言ったらいいかわからなかったよ。
そうだよ、はなちゃんはだれよりもやさしくて、がんばりやさんだよ。そんなのわたしがいちばんよく知っているよ。
あこがれの会社で働くのを楽しみにしていたのだって知っているよ。
はなちゃんとさっちゃんは別々の人間なのに、こころの痛みだけは、ちゃんとわかるんだ。
いろんなことがあったけど、実家ではなちゃんと料理を作ったり、おしゃべりをしたりするのは楽しかったなあ。
落ち着いているときのはなちゃんは、いろんな話をしてくれるんだ。
やさしい人になりたかったっていう話とか、好きな本の話とか。
病気のせいで大学の研究室で失敗しちゃった話とか。
はなちゃんは自分が病気だってちゃんとわかっていて、「妄想」があるときには、やらないといけないと思い込んでいるから、その通りに動いてしまうんだということとか、自分に見えている世界が全てだから、判断するのがすごくむずかしいとか。
「さっちゃんは気をつけるんだよ。はなちゃんみたいになっちゃだめだからね。」
自分が辛いのに、笑って、そんなこと言ってくれて。さっちゃんはどうしていいかわからなくて、
「はなちゃんはなにも悪くないよ。」
って言った。 

わたしが東京に戻る日の早朝、はなちゃんはかってに家を出て行った。
あわてて起きて、携帯電話を確認すると、はなちゃんからメッセージが送られていた。
メラニーちゃんのことを書いた、やさしい詩だった。
その中にあった、
「生きなさい」
そのひとことの意味がすごく怖くて、さっちゃんは東京行きの飛行機の中でずっと泣いていた。
ちなみに、はなちゃんは家を出ていく直前まで、わたしのコートをはおっていたみたい。
さっちゃんのことを考えていてくれたんでしょうか。 

ꪔ͈̮ꪔ͈̮

次の日の夜、はなちゃんは実家と東京の間くらいの場所で見つかった。
家にいたころよりも具合が悪くなっていて、靴も携帯電話も無くなっていました(どうりで連絡がつかなかったわけです)。本当にいろいろあって。
でもあまりショックも受けなかった。
はなちゃんが見つかってよかった。生きていてくれてよかった。
家族みんな同じ気持ちでした。
はなちゃんは自分で希望して、入院になりました。 

はなちゃんは今、とても辛い状況です。
病気になる前も、なった後も、きっととてもとてもしんどかったんでしょう。
だけど、はなちゃんは生きていてくれたから、はなちゃんの物語はこれからまだまだ続いていきます。
大変なこともたくさんあると思うけど、はなちゃんなら絶対に大丈夫。 

はなちゃんとさっちゃんは、全然違うのに、ちゃんと似ているんです。
今はなちゃんはどうしているかな。今どんなに苦しいんだろう。はやく良くなるといいなあ。
いつもいろいろ、考えてしまいます。
やっぱり、一番大切な家族だから。 

ꪔ͈̮ꪔ͈̮

わたしはずっと前から、こころの病気に興味を持って、勉強してきたつもりですが、いざ家族がなってみると、わからないことだらけでした。
病気になる前のはなちゃんを知っているわたしは、正直なところとても苦しかった。
わかってあげたいのに、わかってあげられない。
「なんで信じてくれないの。」
そう泣かれても、うまく答えられない。
病気のはなちゃんといつものはなちゃんが交代に現れるから、わたしも苦しくなったりほっとしたりの繰り返し。
本当にむずかしいなあと思います。
理解するのがむずかしいから、偏見を持たれやすいということもあるのでしょう。
だけど、ひとつ言えるのは、やっぱり、今のはなちゃんは本当のはなちゃんの姿じゃないということ。
その人の性格のせいとか、育ってきた環境のせいとか、こころが弱いせいとか、そういうことじゃないんです。
病気がそうさせているんです。
だれも、自分がそうならないなんて、言えない。
そして、病気になったから悪いなんてことも、言えない。
はなちゃんにはこれから先の未来があるから。 

はなちゃんは今、大変な時期にあります。だけど、その時期を乗り越えて、日常生活を送っている人だってたくさんいます。
知らないって多分、とても怖いことですよね。
今のはなちゃんと過ごすことで、わたしは何にも知らなかったんだってわかりました。
これから先、いろんな出会いがあるでしょう。いろんな人と過ごすでしょう。わたしも変わっていくでしょう。
戸惑うことも、傷つくことも、傷つけることもあるかもしれない。でも。
もっともっと、みんなにやさしくありたい。
はなちゃん、さっちゃんにはそれができるでしょうか? 

どんなはなちゃんも大好きだよ。わたしが言いたいのはそれだけです。 

 

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追伸(同じ年の8月)

あれから5か月近く経ちました。
はなちゃんは、退院して、お父さんうさぎとお母さんうさぎのお家で生活しています。
自分でお仕事もみつけて働いているし、家では、はなちゃんが洗い物担当。
3月はぴりぴりしていた家も、いまはゆったりゆったりと時間が流れています。
もとに戻ったわけではないけど。だけど、はなちゃんの生活は、未来は、きちんと続いています。
はなちゃんがそれを望んでくれたから。 

はなちゃんとさっちゃんは、よく、空を見ながらおしゃべりをします。あの時のことも、大変だったねえって、話します。ストレスをたくさんためて、いつのまにか無理をして、気がついたらこころのバランスを崩していたんだって、はなちゃんは分析していました。
「後悔ばかり。」
はなちゃんは、雲を眺めながら言います。やっぱりつらいねえって。
そうだよね。はなちゃんの地図にはなかった道を進んでいる。
でもね、さっちゃんは知っているよ。
はなちゃんが、また一段とやさしくなったこと。
不公平なことが大嫌いで、他のひとのことも自分のことのように怒っていたはなちゃん。
他のひとの痛みを自分のことのように悩んで苦しんでいたはなちゃん。
いつもみんなにやさしくて、自分の気持ちを我慢することが多かったはなちゃん。
だけど、はなちゃんはあれから、自分にもやさしくなったよね。 

今日も空が青いです。
セミがシャンシャン鳴いています。
まるっこい、うさぎみたいな雲が浮かんでいます。


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