【前編】インタビューシリーズNo.1 UNICEF東京事務所 佐々木佑さん

インタビュー

ボイス・オブ・ユースJAPANの運営を、様々な面でサポートしてくださっているUNICEF東京事務所のコミュニケーション専門官の佐々木佑さんのインタビューを全2回に分けてお送りします。佐々木さんには、キャリアや仕事、ボイス・オブ・ユースJAPANに期待すること、若者へのメッセージについてのお話を伺いました。前編の今回は、UNICEFに入るまでのキャリアについてお届けします。

 

【まず初めに、佐々木さんのキャリアについて伺いました】

―UNICEFに勤めるようになったきっかけはなんですか?

国際協力の世界で働くことには昔から興味を持っていました。最初のきっかけは、小学生の時、リトアニアで大使をしていた杉原千畝さんの伝記を読んだことです。その時、自分の正義感に適うような、人の役に立てるような仕事にはやりがいがあるだろうなと思い、大きな憧れを抱きました。その次のきっかけは、高校生の時、アメリカ中西部ネブラスカ州にある田舎の小さな町に1年間留学をしたことです。人口の約98%が白人ということで、周りに白人しかいない中、自分一人がアジア人だったので、特に最初はじろじろ見られたりからかわれたりして、自分ではどうしようもない理由で彼らとの間に見えない壁のようなものを感じました。ただ、自分には帰る家があるからその壁は一年でなくなる。けれど、帰る家がない人、その壁がいつなくなるのか見当もつかない人だって世の中にはたくさんいるわけで、その人たちは途方もなく辛い気持ちになるだろうと思い、その人たちに対して何かできないかなと感じ始めました。ですから、違う文化・違う肌の色の人たちが共生するためにはどうすればいいのかということに一番初めに興味が湧いたんです。また、英語がすごく好きだったので、両方が活かせる仕事として漠然と国際的に多文化共生を進める仕事に興味がわき、大学に入学したあたりから将来はそのような仕事を見つけたいと思いはじめました。

 

―大学生の時は、どんな活動をしていたのですか?

大学1年の春休みに、JOICFP(ジョイセフ)という国際協力NGOでインターンをし、ジェンダーに関わる仕事をしました。そこで出会った職員の方に、大学卒業して最初にNGOに勤めるよりは、企業で働いたほうが選択肢は広がるというアドバイスをもらったので、大学卒業後はまず企業に就職することに決めました。そのころは今よりも、企業とNGO間の人材交流があまりなく、特にNGOから企業に就職するケースがまれだったのだと思います。けれど、就職活動に臨んだのはいいのですが、国際協力の現場で働くことに大きな魅力を感じていたので、正直ビジネスセクターではどのような仕事がしたいのかなかなかイメージできませんでした。さらに4年の夏までアメリカに一年留学していたのでその年の採用試験も終盤になっており、応募できるところに応募して、最初に内定をもらった広報代理店に縁があったと思って就職しました。

 

―はじめは一般企業への就職だったんですね。知りませんでした。

広報の仕事をするのは、自分でも想定外でした。しかし、縁とはおもしろいもので、その時に広報の仕事をしていた経験があったから今この仕事につけていると思います。さっき話した通り、最初は多文化共生に興味を持ったので、そこから多文化教育や少数民族への教育に興味が広がり、UNICEFに入れたら教育オフィサーになりたいと思っていました。でも、いまは広報の経験とか、そのあとにしてきたいろいろな経験を生かして、コミュニケーション専門官として働いています。なんでもプランを立ててから行動する人もいると思いますが、私の場合はこういう偶然が自分のいろんなキャリアを形作ってきたと思います。

 

―けれど、一度ビジネスの世界に入ってから、その会社をやめて国際協力の世界に進むのは難しいし、勇気のいる行動のように感じられます。

そうですね。実際、企業で働いているうちに、夢とかはあまり考えなくなった時期がありました。でも代理店の仕事が辛いと感じていたある日、友達に愚痴を言いながら電話していたら、友達に「じゃあ、条件とか可能性とかを一切考えずにやりたい仕事が何でもできるとしたら何がしたいの?」と聞かれたんです。しばらく考えて、「国連やNGOで仕事がしたい」という言葉が自然と出てきました。そして、次に「じゃあそのためには何をすればいいの?」と聞かれて、「まずは修士が必要だから、大学院に行って修士を取らなきゃいけない」と答えました。すると、その友達が「じゃあ、まずは大学院に進むことから始めてみれば?始めてみて、そこでまた考えればいいから。やりたいことがあるなら、そっちの方向にまず一歩踏み出すことだよ」と言ってくれ、その言葉で決心がつきました。やりたいことを素直に認めることができて、そこに一歩近づけば違う世界が広がるかもしれないと思えたんです。その友達の言葉がなかったら、会社を辞める勇気はなかったかもしれないですね。

 

―友達の言葉に背中を押されたんですね。

はい。ここで勇気を出して仕事を辞めたのは一つのターニングポイントだったかもしれないですね。それで、NGOでインターンしながら大学院の受験勉強をして、コロンビア大学ティーチャーズカレッジに無事合格し、開発途上国での教育政策や、それをどのように国連や各国政府が支援しているのかについて学ぶ学科に進学しました。大学院一年目が終わる夏休みには、NGOでジェンダーに関わるインターンをしていた経験と、広報代理店で働いていた経験を評価されて、半年間、国連開発計画(UNDP)のジェンダーチームでのインターンとして採用されました。自分の経験が大きな強みになるインターンの募集があったことは本当にラッキーでした。このインターンシップはすごく楽しかったですね。国連のニューヨーク本部では、各国のプログラムを見ることができますし、世界中から職員が集まっているので、真に国際的な環境があります。楽しくてやりがいもあったので、またこういうところに帰ってきたいなとその時強く思いました。

 

―それでは、大学院卒業後はすぐに国連に務めたのですか?

実は、そうではないんです。大学院入学直後はもう日本には帰ってこないつもりで、卒業したらJPOを受けて途上国支援の現場に行こうと思っていました。しかし、家庭の事情で、卒業後はいったん日本に帰ることに決めました。

 

―日本でのキャリア選択は、どのようにしたのでしょうか?

日本に帰ろうと決心して大学院一年生の終わりに日本企業が留学生採用のためにロサンゼルスで開催したキャリアフォーラムに行き、デロイト トーマツ コンサルティングから内定をもらうことができました。私は企業で働くことを一つのステップだと考えていて、早くその中で成長して国際協力の世界に戻りたかったので、社員教育に力を入れていて新人に早く成長してほしいという姿勢が明確だったデロイトが魅力的に思えたんです。さらに、コンサルを経て国連に勤めている人が周りに何人かいたので、彼らにどういうところをステップにしたのかをたくさん聞いて、デロイトでは自分がどのようなことを吸収したいのか考える参考にしました。また、その時の上司が、「あなたのことだから大丈夫だと思うけど、国際協力の仕事じゃないとしても全力で取り組んで、次のステップに繋げなきゃダメよ。そうやってまた戻っていらっしゃい」と言って送り出してくれたので、3年間は絶対頑張って、そこで得た経験をアピールして次のステップにつなげようと思い、そこに勤めることにしました。

 

―その後のキャリアを教えてください。

はい。デロイトの仕事は体力的にも能力的にも本当にハードで挫折しそうになることもあったんですけど、人に恵まれて、なんとか3年間やりきることができました。どんなにハードでも、どの案件も自分としては最後まであきらめずにやり切ったという経験は今でも大きな自信になっています。そうして3年が過ぎた時には、そろそろ次のステップに移ってもいいなと思えるようになっていました。そして、そのあとは国際協力のNGO であるセーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)の海外事業部に務めることができました。そこで8ヶ月ほど働いた頃に、東日本大震災が起きました。これがきっかけで1年半ほど仙台に引っ越して東北の支援をしていました。そのあとに転職したのが、オックスファム・ジャパンです。最初に働いた広報での経験と、SCJで得た現地での経験を活かして、政策提言とメディアの対応の仕事を2年弱の間担当しました。

オックスファムとの2年間の契約が終わりそうな頃、次の仕事をどうしようか考えた時に、自分の強みを活かせるものにしたいと思ったんです。それまでの経験から、自分の強みは、子どもの権利に関する仕事ができること、政策提言の経験、緊急支援で現地職員として仙台で働いていたこと、メディア関連ができることの4つだと思っていて、その中の2つだけでも活かせるような仕事につきたいなと思って探していました。そうした中、UNICEFがコミュニケーション専門官という、奇跡的に自分の強みが全て活かせる職を募集していて、そこに応募して、今ここで働いています。

 

偶然が自分のいろんなキャリアを形作ってきたという佐々木さんだからこそ、お話に重みがあって、参考にできるお話もたくさんあったと思います。

後半では、普段UNICEFでどんなお仕事をしているか、また、ボイス・オブ・ユースJAPANについてなどのお話を掲載します。合わせてお読みください。

 

佐々木佑

国際基督教大学教養学部国際関係学科卒業。米国コロンビア大学ティーチャーズカレッジで教育開発学の修士号取得。

東京の広報代理店とビジネスコンサルティング会社勤務を経て、2010年に国際NGOに転職し東京事務所にて南スーダンの栄養事業などを担当。東日本大震災発生後に仙台事務所に拠点を移し、東北の緊急復興支援事業に従事。

2012年末には別の国際NGOで政策提言チームのメディア・オフィサーとして勤務。2014年8月より現職。

VOYJ編集部員。東京大学一年生。国立筑波大学付属高校出身。
小中高とずっと野球をしていた。野球は今も大好き。また、動物がすごく好きで、中でもパンダは特別。2歳半の時に一目惚れしてから絶賛片想い中。動物園に行くのが日々の癒し。国際的な舞台で動物を守る仕事がしたいと考えている。

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