世界に輝く音色の秘密 〜マイ・フェイバリット・ピアニスト〜 【Part 1】

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文化や芸術には、人々の心に直接何かを働きかける力があると、よく言われますよね。読者の皆さんも、映画や音楽、本など、何らかの芸術作品に感動した経験があるのではないでしょうか。

私は、幼い頃、ピアノを弾く楽しさに魅せられて以来、クラシック音楽、特にピアノの音色から強い影響を受けてきました。これから何度かに渡って、私が大好きなピアニストを、個人的な思い出と共にご紹介したいと思っています。

 

なんて美しく、温かい音色なんだろう。ずっとこの音楽に包まれていたい。

 

2014年秋、まだ中学生だった私は、あるコンサートホールで例えようのない感動に浸っていました。その日の演奏者は、私が何年もの間CDで親しんできた、ダン・タイ・ソンというピアニスト。

 

ついに念願が叶って生演奏を聴くことができたとき、私には、「こんなにも素晴らしい音楽を奏でる彼の生い立ちや、ピアノに込める思いをもっと知りたい」という気持ちが芽生えました。そこで手に取った1冊の本、『ショパンに愛されたピアニスト ‐ダン・タイ・ソン物語‐』を通して、私の考え方が大きく変わることになります。

ダン・タイ・ソンは1958年、ベトナムに生まれ、ハノイ音楽院の教授であった母からピアノの手ほどきを受けました。しかし、幼少期にベトナム戦争が勃発したことで、多くの困難に見舞われます。ライフラインが停止した中で、毎日の水くみは彼の手に過度の負担をかけ、さらに疎開先では、ピアノに触れることすらままならない時期もあったのだそうです。それでも彼は、音楽への熱い思いを持ち続け、防空壕の中でも紙に鍵盤を書いて、指の練習をし続けました。こうした努力の結果、終戦後にモスクワ音楽院へ留学し、1980年、ポーランドで5年に1度開かれるショパン国際ピアノコンクールにて、アジア人初の優勝を遂げたのです。

 

しかし、私が皆さんに是非ご紹介したい彼の素晴らしさは、「戦火を乗り越えて国際的な舞台に躍り出た」という一言で語り尽くせるものではありません。世界中で演奏が絶賛されるようになった今でも、彼は決して有頂天になることなく、常に謙虚な姿勢で音楽と向き合い続けています。また、祖国ベトナムの子どもたちが、自らの音楽の才能を十分に伸ばすことができるよう、音楽学校を作りたいという、新たな夢に向かって走り始めているのだそうです。

 

こうした彼の人生観や思いの一端に触れたとき、私は感じました。こんなにも様々な経験と音楽に対するまっすぐな心が反映されているからこそ、ダン・タイ・ソンの演奏は、世界中で輝きを放ち、人々を感動させることができるんだ、と。

 

そしてもうひとつ、この本の最後に彼が口にした印象的な言葉を以下に引用します。

「僕はどこに行っても、『戦争中に防空壕の中で紙鍵盤で練習していたんだって?』と、そればかり聞かれてきた。それが僕の全てみたいに。他のこともいろいろやってきたのに、その面だけが興味本位で取り上げられてきた。これからは、もうそのことばかり聞かれずにすむかもしれない。」

 

彼の気持ちに共感したと言うのは、あまりにも厚かましいかもしれませんが、私には、この思いを他人事だと考えることはできませんでした。なぜなら、私自身にも、自分の一面のみに他人の目が向けられていると感じる経験をしたことがあったからです。

 

私は、点字楽譜を読み取ってピアノを演奏しています。自分が視覚障害者であることや、点字を使っていることは、それほど特別ではないと、個人的には考えてきたのですが、周囲の人々との間には、感覚の差を感じることが少なくありませんでした。例えば、よくかけられる「見えないのにこんなにピアノが弾けてすごいよね。」といった言葉。当時の私は、この言葉を素直に受け止めることができず、自分はいつも色眼鏡を通して見られているのではないかというもやもやとした思いを抱いていたのです。

 

しかし、ダン・タイ・ソンの育った環境や人生観を知ったとき、私はいかにわがままで、自己中心的な不満を持っていたかということに気づかされました。平和な環境で、好きなときに思う存分ピアノが弾けることはどんなに恵まれているのでしょう。この環境にもっと感謝しなければいけない。そして誰が何と言おうと、視覚障害者であることも、点字楽譜を使っていることも、私の個性のほんの一部でしかない、と胸を張って言えるくらい、沢山の人生経験を積むよう努力しよう。

 

そんな思いを胸に、私は今日も、大好きなピアノを奏で続けています。喜びも挫折も、全てが私の音色を豊かにし、それがひとりでも多くの人の心に輝きをもたらすことを願いながら。

 

参考図書

『ショパンに愛されたピアニスト ‐ダン・タイ・ソン物語‐』 伊熊よし子 著 ヤマハミュージックメディア


 

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