私は恵まれた人間です。
今朝、電車で「黒子のバスケ 脅迫事件」の犯人の、冒頭意見陳述、及び最終意見陳述を読みました。(1(2
私はこの先の人生で、誰かに脅迫文書を送ることがあるでしょうか。
続けて、それに呼応して書かれた「秋葉原事件(秋葉原無差別殺傷事件、秋葉原通り魔事件)」の犯人の文章を読みました。
私はこの先、誰か人を殺めることはあるでしょうか。
脅迫も殺人も、私がする可能性は非常に低いでしょう。
私が善い人間だからではありません。
私が恵まれて育ったからです。
恵まれて育ったために、
社会との間に、途絶えさせるのが惜しい繋がりが、
それなりに幸せであろう、少なくともとてつもなく不幸ではないであろう未来への見通しが、
そして、たしかに不幸でない現在が、
あるからです。
犯罪を犯すことは私にとってリスキーでありメリットもない、故に、犯罪を犯さない。
私は彼らの文章を理解しましたが、共感したかといえば、違う気がする。
さらに彼ら同士の間にある極めて高いレベルの共感(3を持てるかといえば、到底無理でしょう。
記事を読んで、渋谷で電車を降りて、思いました。
私は、たまたま恵まれて育ってしまったな。
恵まれて育ってしまった?
しまった?
しまったってなんだ、恵まれて育ったのが悪いことみたいな表現。
私がこの先犯罪を絶対に犯さないとも言えない、
私が誰かの犯罪の動機の一部になったことだってあるかもしれない、
私が快適に暮らす「社会」が、誰かにとってはどうしようもなく過ごしづらい「社会」なのだろう、、、
そして、その意味で、私は確かに、罪を犯しているのではないか?
私が犯罪者ではないと、誰が言えるのか?
ぐるぐるぐるぐる
(この文章には、犯罪を助長する意図をありません。誰もが幸せに暮らせる世界を望んでいます。)
–
私の文章だけでは伝わらないものが大きいと思いますので。
参考:
1)「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開(https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20140718-00037501/)
2)「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1
(https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20140315-00033576/)
3)「秋葉原事件」加藤智大被告が「黒子のバスケ」脅迫事件に見解表明!
(https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20140814-00038250/)
4) 川崎殺傷事件から私たちは何を考えるべきなのかー事件は予見されていた
(https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190602-00128377/)
教育社会学、教育開発。
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