UNICEFネパール事務所 教育部 堀尾麗華さん【前編】

写真一番右が堀尾さん
インタビュー
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このたび、VoYJメンバーは、UNICEFネパール事務所を訪問し、国連でトレーニングをしているネパールのユースとのディスカッションフィールド訪問をさせていただく機会をいただきました。VoYJでは訪問の様子をシリーズでご紹介していきます。

ここからは、UNICEFネパール事務所、教育部の堀尾さんにさせて頂いたインタビューを2回に分けてお伝えします。前編となる今回は、現職に至るまでのきっかけについて伺いました。

 

 

堀尾さんのご経歴
武庫川女子大学文学部英語文化学、及び米国イースタンワシントン大学コミュニケーション学を専攻し二重学位を取得。大学卒業後、ザンビア共和国でヵ月ボランティア活動に従事。英国リーズ大学院で開発と障害の修士号を取得。大学院在学中、日本ユニセフ協会のUNICEF現地事務所派遣事業に参加。20159月~12月、UNICEFフィリピン事務所、保健と栄養部署でインターンシップを経験。20165月~201812月、在ボツワナ日本国大使館にて草の根外部委職員として勤務。20191月~2月、外務省「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」、平成30年度プライマリー・コースの国内研修に参加。20194月より同コース海外実務研修に参加中(UNICEFネパール事務所、教育部)。

 

 

きっかけ

国際機関を志そうとしたきっかけは何ですか?

・国際協力に興味を持ったきっかけ
小学生の頃、途上国を扱ったドキュメンタリー番組を観た時、同い年くらいの子どもたちが不衛生な環境で生活していることに衝撃を受け、生まれた国が違うだけでなぜこんなにも状況が違うのだろうと疑問をもったことが最初のきっかけでした。

・国際機関を志そうとしたきっかけ
大学生になってカンボジア、ガーナ、及びザンビアで草の根レベルの活動に参加し、直接現地の人とお仕事が出来ることにやりがいを感じたと同時に、草の根レベルで自身が出来ることの限界も感じました。一人でも多くの人に裨益し、より問題の根源にアプローチするためには、政府と協力して問題を解決していくことも1つの手ではないかと思い、国際機関の仕事に興味を持ち始めました。また、これまで現場で出会った人々を思い返した時、もし自分が国際機関に挑戦出来る可能性があるのであれば、その可能性を活かして自分自身がどこまで貢献出来るのかを試してみたいという気持ちもありました。

 

 

障がい者インクルーシブ防災を専門にしようとしたきっかけは何ですか?

大学2年生の後期、アメリカ分校留学中に受けた言語学の授業の1コマにアメリカ手話の授業がありました。それまで私は手話は世界共通の言語だと思っていましたが、実は同じ英語でもアメリカ手話とイギリス手話は別の言語だと知り衝撃を受けました。元々言語に興味がある私はアメリカ手話に魅せられ、聴覚障がい者が通う教会等を見学させて貰ったりしながら、アメリカ手話の理解を深めていました。教会等に通う中で、だんだんと彼ら、彼女たちが置かれている困難な状況に気付き始め、先進国でこのような状況であるのであれば、途上国で暮らす障がい者は一体どのような状況に置かれているのだろうと疑問に思ったことが障害の分野に興味を持ったきっかけでした。

大学3年次に大学の二重学位制度を利用し、米国のイースタンワシントン大学に学位留学し、コミュニケーション学と障害学を学びました。障害学の授業の一環でガーナに渡航し、身体障がい者の幼稚園教諭との出会いが私に大きな影響を与えました。彼女は、ガーナ国内の障がい者に対する差別・偏見を問題視しており、子どもたちが幼い時に、自分のような障がい者と触れ合うことで、この国の障がい者に対する差別・偏見を少しでも減らしたいという志を持ち、日々子どもたちと向き合っていました。その姿勢に感銘を受けた私は、開発の中でも特に障がいという分野に関わっていきたいと強く思うようになりました。

そんな中、2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。友人の両親が岩手県陸前高田市で被災したことをきっかけに、日本に帰国後、陸前高田市に足を運ぶようになりました。現地のみなさんが口を揃えて伝えて下さる言葉に「津波てんでんこ」というものがあります。それは、津波が来たら、家に戻らず、家族にも構わず、各自てんでんばらばらに一人で高台に逃げろという意味だそうです。この言葉を耳にする度、視覚障がい者の父を持つ私は、父に構わず本当に逃げられるのだろうかと、深く悩んだ時期がありました。そんな時ふと、何故まだ起きていない未来のことに思い悩んでいるのだろう。私にも何か出来ることがあるのではないかと思い、防災士の資格を取得。その後、英国リーズ大学院に進学し、障がい者インクルーシブ防災というテーマで修士論文を執筆しました。また大学院在学中、日本ユニセフ協会の海外インターン派遣事業に参加し、国際機関から障がい者インクルーシブ防災の在り方について考える機会にも恵まれました。それが現職にも繋がっています。

 

 

– 大学生の時は、どんな活動をしていたのですか?

大学生の時は上記に述べた分校留学、及び学位留学の他に、カンボジアに教育支援を届けるボランティア活動もしていました。高校卒業前の冬、友人と街を歩いていたところボランティア団体のフリーペーパーを受け取ったことがきっかけです。これまでの私は途上国へのボランティア活動に興味がありましたが、高校生の私に出来たことといえば、途上国を扱った写真展に足を運ぶことでした。大学生になったら私も活動してみたいと思い、大学進学後、カンボジアに教育支援を届けるボランティア活動を始めました。

 

 

– 大学生のうちにやってよかったこと、やっておけばよかったことがあれば教えてください

大学生のうちにやって良かったことは、常に好奇心を持ち、行動を起こし続けたことです。会いたいと思う人に会いに行き、そこで頂いたご縁を大切にしたことが、今の私に繋がっています。またその過程でフォトジャーナリストの方々と出会い、現場と向き合う姿勢を学ばせてもらえたことは、今の私の礎になっていると思っています。もう1つ大学生の頃に始めたことが、常にノートを持ち歩き、疑問に思ったことを書く作業です。所属していたボランティア団体の先輩の勧めで始めたのですが、疑問に思ったことに対して最低3回は「なぜ?」と問いかけることで、論理的思考を身に付ける努力を続けました。また途上国で勤務するにあたり、インターネット環境が無い場所に行くことがあったり、時差の関係で日本に居る時のように何かあったら直ぐに家族や友人に相談出来る環境にはありません。そのため常にノートを持ち歩き、自分の感情を書き留め、客観的に自身を捉える習慣は、今でも続けています。

 

 

– なぜUNICEFで働こうと思ったのですか?

一番最初にこの業界に興味を持ったのも、同い年くらいの子どもを扱ったドキュメンタリー番組を観たことがきっかけで、その後のボランティア活動も、子ども、及び母親を中心としたものでした。この業界で活動を始めた時は遠い存在だと思っていた国際機関でしたが、日本ユニセフ協会の海外インターン派遣事業の広告を見た時、応募条件を満たしており、是非挑戦してみたいと思い参加しました。またUNICEFのミッションの1つに「UNICEFは最も厳しい状況にある子どもたち(戦争や災害、極貧、あらゆる形態の暴力、搾取の犠牲となっている子どもたちや、障がいのある子どもたち)が特別な保護を受けられるように努めます。」とありますが、それが私のミッションと合致していたことです。

 

 

 

堀尾様のインターンの経験に関しては、日本ユニセフ協会のHP、及び「国連でインターン」のHPに記事があります。 合わせてお読みください。

日本ユニセフ協会のHPhttps://www.unicef.or.jp/inter/inter_exp39.html

国連でインターンのHP: http://unforum.org/internships/62.html

次回後編では、現在UNICEFネパール事務所でのお仕事や実際に働いてみての実感などを伺います。

お楽しみに!

 


 

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