文化の可能性

トピック

私はこの夏、NYの国連本部を訪問しました。

建物内に入ってみると、アートが多くまるで美術館のようだと感じ、驚きました。国連というと安全保障や人権、開発に力を入れていて、アートとは無縁のイメージを持っていたからです。

世界の主要な問題を議論する場所にアートは不可欠ではないし、例えば日本の国会議事堂に芸術作品があふれている訳ではありません。また一般的に、文化とりわけ芸術は、その効果が数値化、可視化されにくいため、理解されにくくただの娯楽であると批判されしまうことがよくあります。

私はその評価にいつも疑問を持っていますが、明確に反論できる材料はなく漠然とした思いを抱えているばかりです。そのため、国連にアートがある理由に興味をもち、文化が国連の活動において果たしている役割について考えてみました。

 

まず、私が国連とアートというワードから想起したのは、ピカソの「ゲルニカ」です。国連安全保障理事会会議場前にピカソの「ゲルニカ」のタペストリーが展示されています。

ゲルニカは、スペイン国内でファシズム体制構築を推し進めていたフランコ将軍と手を組んだ、ドイツ軍による無差別爆撃を受けた都市です。当時パリにいたピカソはこのニュースに衝撃を受けこの絵を制作しました。

国連にある「ゲルニカ」は、ピカソの長年の友でコレクターでもあったネルソン・ロックフェラーが購入したタペストリーで、世界に3点しかない貴重なものです。

さて、この「ゲルニカ」にまつわるエピソードを紹介します。2003年2月、米ブッシュ政権のコリン・パウエル国務長官が、安全保障理事会会議室前でイラク攻撃の正当性を記者会見で主張した時のことです。いつもなら会見者の背後にあり、テレビに映り込むはずのゲルニカのタペストリーが見当たりません。

「ゲルニカ」が紺色の幕で覆われていたのです。戦争を正当化する会見を、凄惨な爆撃の様子と反戦への強い思いを表現した「ゲルニカ」の前で行うのはふさわしくないと判断したのでしょう。この出来事は、報道陣をはじめニュースを見ていた多くの人々に、大きな衝撃を与えました。

ただ布をかけただけといってしまえばそれにすぎません。しかし人々の心を強く動かしたということは、アートの強大な影響力を示しているでしょう。

 

国連には、各国からの寄贈品に加えて、廊下の壁や会議場にもたくさんの作品が展示されています。それらは平和への願いを象徴したものばかりです。

例えば、廊下に展示されているノーマン・ロックウェルのモザイク画には、人種や宗教、文化こそ違うけれど、「自分がしてもらいたいと思うことを他人にせよ」という黄金律は世界共通であるという思いが表現されています。

安全保障理事会会議室の壁には、ノルウェーの画家であるペール・クロフ作の壁画があり、人類の暗い戦争期から科学や芸術の力で明るい未来に至るまでが描かれています。世界の平和を維持するという、安保理の目的を反映したものです。

このように、「ゲルニカ」も含めて国連にアート、特に平和への願いが詰まったものが多いのは、国連の願いを表現しているだけでなく、世界の重大な問題を議論する人々が、無意識だとしても常にアートからのメッセージを受け取り続け、平和への思いを議論につなげられるためではないかと私には思えます。

 

アートのみに限らず、慣習のような人間の生活全体という意味での文化、と国連の活動は思わぬところで深く関わっています。

例えば、開発。綺麗な水へのアクセスが難しい地域に井戸を作るという活動があります。これは衛生面での効果に加え、女性の負担削減につながるので大いに期待されていました。

しかし、井戸が完成しても地域の人はなかなか使おうとしません。井戸が壊れている訳でも使い方が分からない訳でもないのです。では、なぜでしょうか。

それは水を汲みに行くというのは彼女たちのなくてはならない生活の一部だったからです。我々からすると、重い水を持って長い道のりを歩くというのは重労働だと思いますが、彼女たちにとってはそれ以上に生きがいになっていました。

この例から、たとえインフラ整備など開発が成功しても、それを定着させる段階で文化を押し付けてしまうことは望ましくなく、文化の違いを理解した上での普及が大切だということがよく分かります。

普及、定着という関連でいうと、文化は国連活動の広報の手段としても活躍しています。

最近の例を挙げると、持続可能な開発目標(SDGs)の知名度を上げる活動があります。SDGsとは国連が2016~2030年で達成するために掲げた、17の目標と169のターゲットから成るものです。SDGsは、一人残さず目標を達成させることがポイントであり、それはつまり加盟国のすべての人が当事者になるということです。

その為には、まずはSDGsの存在を知ってもらい、最終的には人々のアクションを促さなければなりません。

知名度を上げる活動でいうと、アニメのキャラクターを用いた広報活動があります。子供から大人まで馴染みのあるものを通して、国連の活動を身近に感じてもらうことができます。このように文化というワンクッションを置くことで、人々に浸透し受け入れられやすくなるのです。

 

以上のように文化と国連の活動は深いつながりがあります。

もちろん、アートを展示したからと言って、紛争や貧困のない世界が実現する訳ではありません。文化の力がSDGsの目標一つ一つに直接的で即効性のある解決策を提供できることはないかもしれません。

しかし、どの目標にも関係する無視できないものであることは、今まで見てきたとおりです。

私は、文化には世界中の人に国連の思いを共有し、人々の思いをつなげる媒体であり、一つ一つの独立した問題をつなげる架橋であり、ハードな問題もできるだけ人々に身近に感じてもらえるようにソフトにするクッションの役割があると思います。

ユネスコ憲章の冒頭に「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」1)とあるように、人間の心から行動が生まれ、その行動は世界へと影響を及ぼします。

そして人間の心を動かすものは文化なのです。文化の力は微々たるものかもしれませんが、私は世界を変える可能性を十分に秘めていると信じています。


1)http://www.mext.go.jp/unesco/009/001.htm

<参考文献>
https://www.mfah.org/blogs/inside-mfah/more-replica-guernica-tapestry-comes-houston
https://www.nytimes.com/2003/02/05/opinion/powell-without-picasso.html
http://www.unforum.com/UNheadlines952.htm

VoYJライター。大学2年生。専攻は美術・文学系。趣味は博物館巡りとお散歩。好きな作品は高橋由一の「鮭」。この夏、MoMAでアンリ・ルソーの「眠るジプシー女」を見たことが最高にハッピーだった。