いま「あの日」の記憶を受け継ぐ

トピック

8月6日午前8時15分。私の暮らすまち広島では、誰もが目を閉じ、手を合わせて黙祷を捧げます。

「あの日」−世界で初めて原子爆弾が地上に落とされ、戦時下で慎ましく営まれていた市民の日常生活が破壊された瞬間−に思いを馳せるのです。

黙祷するときに私がいつも思い出すのは、平和記念資料館に展示されている「人影の石」です。爆心地から260m離れたところにあった銀行の階段の一部が展示されているのですが、そこには黒い人影が残っています1)。誰かがそこに腰掛けて銀行が開くのを待っていたことを示しており、日常生活が突然中断されてしまったという事実を特に強く感じるのです。

今年の8月6日も、例年と同じように、元爆心地付近の市街地、いまの平和記念公園では平和記念式典が行われました。

広島は平和教育が盛んなところですが、「あの日」から73年の歳月が流れたいま、ほかの地域と同じ問題を抱えています。戦争の記憶の風化です。

被爆者の高齢化が進み、被爆者の証言を生で聞くことも難しくなってきています。原爆が投下された日時を正確に答えることができる子供の割合は以前よりも低くなっていますし、平和への意識の低下はしばしば話題にのぼります2)。このまま「あの日」そして戦争の悲しい記憶は風化してしまうのでしょうか?

 

終戦から今日までの73年間、私たちは空襲の心配をする必要もなく、安心して生活を送ることができています。しかし世界に目を向けると、多くの地域で紛争が起こり、毎日、罪のない一般市民が犠牲となっています。

8月6日の広島への、そして8月9日の長崎への原爆投下は、核兵器によって人類は絶滅するかもしれないという恐怖を世界中の人々に抱かせたはずです。それにもかかわらず核兵器は世界各国で保有され続け、核実験も行われています。

平和記念公園にある「平和の灯」は、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃え続けます。1964年に点火されて以来、この火が消されたことはありません3)

地球平和監視時計は、1段目の表示で「広島への原爆投下からの日数」を、2段目の表示で「最後の核実験からの日数」を示しています4)。世界のどこかで核実験が行われるたび、2段目の日数はリセットされています。

現在の核兵器は、広島や長崎に投下されたものをはるかにしのぐ威力を持っています。もしも世界のどこかで一発使われることがあれば、人類は滅びるだろうと聞いたこともあります。平和な世界はまだ実現されていません。はるか遠い目標であるというのが現実です。多くの被爆者は、核兵器のない平和な世界への願いが伝わらないことを無念に思っています。

被爆者の声を途絶えさせてはならない、その記憶を風化させてはならないと私は信じます。

戦争の負の記憶は、私たちが正しい道を歩んで行くために必要です。風化させるべきではないのです。広島では、中高生が被爆者の証言を聞き、記事にして発信するなど、記憶を受け継ぐための取り組みが行われています。

終戦から73年、これは風化し始めたことを意味するのではなく、若者が記憶を引き継いでいくためのターニングポイントであると捉えるべきです。

2年前の2016年、広島にとって、そして世界にとって大きな意味を持つ出来事が起こりました。オバマ大統領がアメリカの大統領として初めて広島を訪れたのです。彼は、原爆の投下された朝の記憶を薄れさせてはならないと訴えました。

「その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶があれば。私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶があれば、変化できるのです。」5)

また、2017年、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を授与されたことも、広島にとって大きな意味を持っていました。ICANと共に活動されてきた、広島出身の被爆者であるサーロー節子さんは、授賞式の冒頭で次のように述べました。

「今日私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げたすべての人々の存在を感じていただきたいと思います。」6)

さらにこう語られました。

「その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。」6)

記憶を共有し、「あの時」起こった出来事に思いを馳せること。それは「あの時」の体験を自分のこととして捉え、平和な未来を作るために必要なことだと思います。

当時の体験を語ることは本当に辛く、勇気のいることだと思います。長年被爆体験を語ってこられなかったけれども、子供達に同じ思いをさせたくない、語り継ぐのが自分の使命だ、という思いから近年語り始めた方もいらっしゃいます。

その勇気を、平和へのメッセージを、真摯に受け止めるべきです。無駄にしてはならないのです。

特に私たちYouthは第2次世界大戦の体験を直接聞くことのできる最後の世代だと言われています。いま与えられているチャンスは、一度逃してしまえばもう2度と与えられることはないのです。

いま、その記憶に耳を傾け、受け継ぎましょう。


1)http://www.pcf.city.hiroshima.jp/outline/index.php?l=J&id=31
2)https://withnews.jp/article/f0150808000qq000000000000000W0090401qq000012341A
3)http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/tour/ireihi/tour_18.html
4)http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/tour/ireihi/tour_55.html
5)https://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to-hiroshima_n_10160172.html
6)http://peaceboat.org/wordpress/wp-content/uploads/2018/01/abolition_Nobel_Lecture_JP_fnl.pdf

VoYJ運営部員。広島県出身、東京大学在籍。小説を読んだり書いたりすることが好きだが、趣味は料理、野菜栽培やラジオ体操など多岐にわたる。関心がある分野は平和のほか、日本文化、教育、食文化など。