気さくなその微笑みに勝手に惹かれたんだ

日々/自分
+3

私が欅坂46に出会ったのは、中学3年生の夏でした。引退がかかった最後のコンクールを控え、コンクールへの危機感が共有できない部員たちと、部長として一人向き合う日々に疲れ切っていたときでした。社会への反抗を歌う少し年上の美しい人たちに惹きつけられたのが、彼女たちを好きになったきっかけでした。その夏発売された1stアルバムを、受験勉強の合間にずっと聞いていました。

それからの約3年間、私の生活の中心はずっと欅坂46でした。何度も何度も聞いた新曲。やりとりが暗記できるほど見た冠番組。少しずつ集めたCDや雑誌。生でパフォーマンスを見ることができたミニライブ。メンバーと言葉を交わす感動に涙が止まらなかった握手会。ドキドキしながら見守った歌番組。部屋に貼って眺めたポスター。初めて東京まで観に行った舞台。一つひとつを鮮明に思い出すことができる、楽しい日々でした。

欅坂46がなくなってしまったのは、高校3年生の秋でした。絶対的なセンターがグループを去り、そのイメージを一新するために、彼女たちは「櫻坂46」と名前を変えました。突然の終わりに納得がいかず、上手くさよならが言えませんでした。どうしても、櫻坂46を好きになることができませんでした。

私が欅坂46に別れを告げることができたのは、それから2年の月日が経った、昨年の11月9日でした。初めての“推し”、初めて「大好き」と言いに握手会に行って、その言葉を私に返してくれたアイドルが、グループを卒業する日でした。

彼女がグループを卒業することと、東京ドームで卒業セレモニーが行われることが発表されたのは、同じ年の夏でした。欅坂46の東京ドーム公演に行かなかったことをとても後悔していた私は、もしもう一度東京ドーム公演が開催されたならば、絶対に大好きな彼女が東京ドームに立つ姿を観にいくと、東京ドーム公演の開催が発表される前から決めていました。彼女は「もう一度グループを東京ドームに連れて行くまではアイドルを辞めない」と公言していました。かっこいいなあと、もう何度目かわからないけれど惚れ直した瞬間でした。

「櫻坂46の公演を素直に見られるだろうか」とか、「アイドルじゃなくなる彼女にどんな感情を抱くのだろう」とか、たくさんの感情を抱えたまま、11月9日を迎えました。グループの持ち味である激しいダンスを踊る彼女だけを見つめる2時間でした。モニター越しで見るのは嫌で、双眼鏡を使ってもはっきり見えないくらい遠い席から、ずっと彼女を見つめていました。どんなに遠くてもどこで踊っているかすぐ見つけることができるくらいには、彼女だけを好きでいた5年間でした。最後の曲が終わった後も拍手は鳴り止まず、アンコールの曲が始まるのを今か今かと待っていました。

再びステージが明るくなり、音楽が流れてきたとき、歓声を抑えることができませんでした。おそらく、あの場にいた人たち全員がそうだったと思います。聞こえてきたのは、懐かしい欅坂46の登場曲でした。1stアルバムにも収録されていて、中学3年生の夏、毎日毎日聞いていた曲です。大好きなその曲とともに、彼女がグループで過ごした7年間のたくさんの写真がモニターに映し出されていました。

彼女は卒業セレモニーで、欅坂46の曲を踊ってくれました。どれも、彼女を応援していた人間にとっても思い出深い曲でした。彼女の盟友とのユニット曲。彼女がポエトリーリーディングを担当した曲。彼女が代理ながらセンターを務めた曲。私たちファンの欅坂46への未練を払ってくれるような選曲でした。

中でも一番嬉しかったのは、彼女が初めてセンターを任された曲を生で聞けたことです。この記事のタイトルは、『砂塵』という名のその曲の一節です。

 


心が変わってく瞬間に 静かな風が吹くんだ
過去の何かが散らばり ざわざわすることを知った
初めて話した君は 遠くのイメージと違った
気さくなその微笑みに 勝手に惹かれたんだ


もっと君を知りたいと思うきっかけは 恋だったのか
後になってから知った


砂塵だけが舞ってたけど ようやく止んだよ
一瞬の錯覚じゃなくて 何度も確かめた
この胸が落ち着くまでは しばらく待ってた
今 目の前にいる君となら
ホントに始まりそうだ

はっきりと見えて来たよ 自分の気持ちが…
今までの蜃気楼じゃなくて 未来の向こう側
愛しさを伝えるにはまだまだ早いか
もう少し切なさ 溢れたら
あっちへ歩いて行きたい

 

東京ドームでこの曲を聞くまで、私はこの曲を切ない片思いの曲だと思っていました。徐々に「君」に惹かれ、今やっと恋心を自覚し、辛い片思いが始まるストーリーを想像していました。でも、東京ドームで聞いたこの曲は、あまりに多幸感に満ちていました。そんな切ない物語は似合わないと思いました。

欅坂46の曲の歌詞に登場する「僕」は、欅坂46がいくつもの楽曲を通して紡ぐ物語の主人公だと言われています。欅坂の発展とともに少しずつ成長する存在ですが、平手友梨奈さんがセンターを務める楽曲の「僕」は、グループの歴史の後半になるにつれて、苦しい恋をしているようでした。

 


君をもう探さない 雨が止まない街角
追いかけても逃げるなら 勝手にしろ!


僕は希望を拾い集めながら 愛に呆れてる

(君をもう探さない/欅坂46)

 

 


遮断機降りたままの開かずの踏切みたい 心を閉ざして僕をいつまで待たせるんだ?
君っていつも何か言いかけて 結局言葉飲み込むよ


君が気になってしまうよ ああ扱いにくいその存在
だって誰も理解できない ネガティブネガティブネガティブ
暗い目をしている
そんな不器用さを守るには僕がその盾になるしかない

(避雷針/欅坂46)

 

それまでの楽曲で語られていた「僕」が愛する、暗くてネガティブで放っておけない「君」と、彼女がセンターを務めた『砂塵』で歌われる​​「気さくなその微笑み」を浮かべた「君」や心が晴れ晴れとするような恋がどうしても結びつかず、どういう立ち位置の楽曲なのか掴みかねていました。

彼女は卒業セレモニーでの挨拶で、こんなことを言っていました。

「欅坂46と櫻坂46、どっちが好きとかじゃなくて、どっちも好きでいてほしい」

その言葉を聞いて、『砂塵』の歌詞がすとんと胸に落ちました。
「僕」はそれまでの楽曲で語られていた「君」も愛していた。でも、過去の恋は砂塵のように舞い上がって「僕」の元を去り、新しい恋をしている自分に気づいた。そして、少しずつ少しずつ積もった新しい「君」への恋心に向き合うことを決意した。

『砂塵』は欅坂46末期の楽曲ですが、発表された頃にはまだ改名されることは決まっていませんでした。でもまるで、その後の欅坂46の歩んだ道を示しているようでした。

欅坂46のメンバーは、その看板を掲げ続けるためにどんな苦労も耐え忍んだ「欅坂46」という名前に別れを告げました。そして、新たに「櫻坂46」という名前に出会って、少しずつ受け入れた。その物語に重なる曲です。彼女は『砂塵』を「欅坂46のエンディングテーマ」と表現しています。

私は彼女のどこに惹かれたんだろう、と、何度も考えました。明確なきっかけは覚えていません。自信なさげながらもグループを引っ張るキャプテンとして奮闘する姿も、しなやかなダンスも、「けやきざか」という名のグループのキャプテンなのに「か」行の発音が苦手なところも、グループ全体に目を向ける優しさも、バラエティで一発ギャグを披露する姿も、もちろん猫目が愛らしいその容姿も、全てが大好きです。でも一番は、大人と闘うという歌詞を激しいダンスで届けるグループにおいて、年長者、大人側の人間として振る舞う上での緩衝材となっていた、「気さくなその微笑み」かもしれません。

彼女はたくさんの景色を私に見せてくれました。人でひしめく握手会場。最前列から見る舞台。渋谷のスクランブル交差点。彼女の好きな色のサイリウムで埋まる満員の東京ドーム。そのどれもがかけがえのない宝物です。彼女が初主演を飾り、私が東京で演劇学を学ぶことを決意するきっかけとなった舞台の台詞を借りて言えば、彼女こと菅井友香さんは、私にとって青春でした。

あの東京ドームから1年経っても変わらぬ愛を込めて、この文章を終わります。

+3