本が一緒にいるから

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ある日入院した。

雲の形を眺め続け、点滴が1滴1滴と落ちるのを見ながらただ耐えていた。
戦っていたわけでも頑張っていたわけでもない、ただ耐えていたのだ。

できないことばかりの病室の毎日を変えたのは本だった。

お見舞いにほしいものを聞かれた。
本が読みたいと答えた。
何かに縋っていないと正気を保てないのに、縋るのに良さげな情報たっぷりのスマホの光で体調が悪くなってしまう。
本ならいけるかもしれない、そう思った。

持ってきてもらった本を開いた。
びっくりするほどことばが体に入ってきた。
点滴をロックした左手を庇いながらもひたすらページをめくった。
ただ物語の中にいる間だけは、めまいも、吐き気も、薬のせいでほてった体の気持ち悪さも、忘れられるような気がした。
なにより狭い病室でただベッドの上だけの世界で煮詰まった心が柔らかくなっていった。

それから私は本に縋った。

治療の後動かず安静を保たないといけないとき、「ハンチバック」に没頭した。息を呑むような作品は少しも動いてはいけない時間で時計の針を進めてくれる。

憂鬱な検査や治療に呼び出される前の待ち時間、「コンビニ人間」を読んだ。独特な世界に妙に惹きつけられ、その作品への疑問や謎を考えているうちに検査と処置は終わっていた。

「必ず治る」とか「君に与えられた試練」などという言葉にうんざりしていたとき、カフカの解説書が心に寄り添ってくれた。

改善する症状はある、でも元通りに戻るとは限らない。毎日は少しだけ様子が変わってしまう。

そんなことを自分に納得させて受け入れたつもりになっても、周りの人の言葉や病院の一歩外に出て「できない」に向き合ったそのときに、心は揺さぶられてしまう。

でもそんなふうに揺さぶられる心も、感じる痛みも、苦しみも、全部1人っきりのものだった。
心の辛さからも、体のしんどさからも、逃げる方法はなかった。
強かったからじゃない、逃げられないから、耐えるしかないから。
辛い顔をしても何も生まれないから。
だからただ平気そうな顔をして平気そうに過ごしていた。
それでもやっぱり辛いものは辛かった。

そんな私には本がそばにいてくれた。
本は改善しない検査結果を見てしかめ面をすることも、かわいそうと泣くことも、頑張って治してと、私を励ますこともしない。
ただひたすらそこに書かれた言葉を私にくれた。
その言葉を書いた人と私をつなげた。
時を越えて場所を越えて。

まだまだこの病気との付き合いは続く。

よくなったかもしれないと期待する心と、期待してそうじゃなかったら辛いと囁く理性が喧嘩を始めるならまた本を開こう。

1つ増えた人生の荷物を下ろしたいのに、下ろせなくて泣きたくなったらまた本を開こう。

ひとりぼっちだと思っても平気そうな顔をするのに疲れたらまた本を開こう。

私には本があるから、ことばがあるから、
きっときっと大丈夫。


 

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