メンタルヘルスを通して 自身に向き合い、他者に寄り添う。

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「メンタルヘルス」、この言葉を初めて聞いた時、読者の皆さんはどう感じられただろうか?

 

少なくとも、私には、その言葉は少しとっつきにくく、難しく感じられた。メンタルヘルスは、WHOの定義によれば、「生活上のストレスとうまく付き合い、自身の能力を認識し、上手く学習及び仕事を行い、自身の属するコミュニティーに貢献することを可能にしうる精神健康状態」1)という。その言葉を初めて聞いた学生の頃の私には、精神の健康と言われても、それがどういったものかピンと来なかった。しかし、それと同時に漠然ととても大切なことであると感じたのを覚えている。

 

それも当然なのかもしれない。メンタルヘルスは、特に日本において非常に深刻な問題である。日本の自殺率は、G7諸国の中で1位(2019年時点)2) であり、精神疾患の患者数は419万人(2017年時点)3) に上っている。私は、そのような状況をもたらす要因を多く抱える日本社会で生きる中で、知らず知らずのうちに、メンタルヘルスの重要性を感じ取っていたのかもしれない。そういったことを考えれば、メンタルヘルスは本来もっと広く話題になり、その状況の改善も叫ばれていたほうが自然であると思わずにはいられない。

 

しかし実際には、日本ではメンタルヘルスについて語ることは難しい。私自身も相当仲の良い、例えば10年来の友人としかそういった話題について話さない。私の推測ではあるが、おそらく私が初めて「メンタルヘルス」という言葉を聞いた時と同じ印象を、多くの人々が持っているためだと思う。そういった印象が、メンタルヘルスを触れづらいテーマにしているのかもしれない。しかし、年齢が上がり、社会問題への関心が高まるにつれ、私は、メンタルヘルスについて議論される必要性をますます感じるようになった。

 

そんな私にとって、UNFPA(国連人口基金)駐日事務所で、インターンとして、メンタルヘルスに関する情報を人々に伝えるプロジェクトを企画・実施する機会を頂けたことは、願ってもないチャンスだった。UNFPAは、「すべての妊娠が望まれ、すべての出産が安全に行われ、全ての若者の可能性が満たされるために活動する」4) 国際連合の一機関だ。では、なぜUNFPAがメンタルヘルスについての情報を発信するのか? それは、メンタルヘルスが、性と生殖に関する権利・健康(SRHR)、そして、全ての若者の可能性を満たすことに密接に結びついているためだ。例えば、マタニティーブルーなどにもメンタルヘルスは大きく影響している。そして、メンタルヘルスは女性だけでなく、LGBTQIA+や男性にとっても重要なテーマであり、特にメンタルヘルスについての議論が不足している日本においては、その情報発信はより意義があると言える。そういった理由から、メンタルヘルスについてのキャンペーンを行うことになった。

 

プロジェクトを進めるにあたっては、上司の方のアドバイスをもとに、PFA(心理的応急処置)に関するWHO発行の文書を参考にした。PFAは、「苦しんでいる人、助けが必要かもしれない人に、同じ人間として行う、人道的、支持的な対応のこと」5) である。PFAの特徴は、その道の専門家でない人、つまり私のような素人でも実施できることである。このPFAについての文書の内容をもとに、メンタルヘルスについての情報を伝えるにあたって、内容が堅苦しくならないよう特に注意した。というのは、メンタルヘルスをとっつきにくいものと感じられないようにするためである。そのため、当事者意識を持ってもらえるように「メンタルヘルスに苦しむ友人にどう向き合うべきか」に焦点を絞った。また、おそらく最も若者が気軽に使用しているSNSであるインスタグラム上で、ポップなデザインでの投稿で情報発信を行った。

 

このプロジェクトでは、特に若い男性に興味関心を持ってもらえるようにも取り組んだ。というのも、女性やLGBTQIA+の方だけでなく、男性にとってもメンタルヘルスは重要である一方で、男性のメンタルヘルスは特に話題にされない傾向があると考えたからだ。

 

約1ヶ月間のプロジェクトの実施を通して、それなりの反応を得られたが、依然としてより多くの情報発信が必要であることは明白だった。しかし、このプロジェクトを通して、まずメンタルヘルスの重要性を多くの人々に伝えられたことは、私にとってとても素晴らしいことだった。自身の学んできた情報発信の知識や経験を少しは活かすことができたと感じたからだ。

 

また、私自身もメンタルヘルスの重要性を改めて認識することができた。学生生活や就職活動、仕事、家事、育児、介護、趣味など、誰もが忙しない生活を送っている社会において、一歩立ち止まってメンタルヘルスについて考える時間をとるのは、なかなか難しい。しかし、友人、家族、周囲の人々だけでなく、自分のためにもそういった時間をとり、メンタルヘルスについて考え、行動を取ることは非常に重要である。それが誰かの命さえも救う可能性を秘めているからだ。

 

これからも、日々の忙しない生活の中で私自身、自分だけでなく周囲の人々のメンタルヘルスに寄り添い、人々が生きやすい社会の実現に貢献していきたいと思う。そして、この文章を読んでいる皆さんにも、自身や周囲の人々のメンタルヘルスに寄り添って頂ければ、それ以上に喜ばしいことはない。

 

そういった一人一人の取り組みが、メンタルヘルスを取り巻く状況、ひいては社会そのものをより良くするはずであると信じるから。

 


1) WHO Mental health https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/mental-health-strengthening-our-response
2) 厚生労働省 令和4年版自殺対策白書 第1章 自殺の現状 7. 海外の自殺の状況 https://www.mhlw.go.jp/content/r4h-1-1-07.pdf
3) 厚生労働省「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」参考資料 https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000949217.pdf
4) 国際連合広報センター 基本情報 国連人口基金(UNFPA)駐日事務所 https://www.unic.or.jp/info/un_agencies_japan/unfpa/
5) 厚生労働省 心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールドガイド https://www.mhlw.go.jp/content/000805675.pdf

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