戦う者の歌が聞こえるか?

キセツノトピック
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「好きな曲は?」と聞かれたとき、皆さんが最初に思い浮かべる曲はなんですか?私は悩みつつも、いつもこの曲を思い浮かべます。きっと、皆さんが知っているのとは違う歌詞で。

 

私と『レ・ミゼラブル』の出会いは、小学校2年生のときでした。声楽の先生が所属する団体がやっていたレミゼを観に行って、美しい曲たちと、懸命にパリを生きるキャラクターに引き込まれ、その魅力の虜となりました。何より印象的だったのは、想い人・マリウスを凶弾から庇ってエポニーヌが死ぬシーン。その愛の健気さ、二重奏『恵みの雨』の美しさ。今も、彼女が一番好きなキャラクターであると言い切ることができます。観に行った次の日に学校の図書館に走り、『ああ無常』を借りて夢中で読んだことも、昨日のことのように覚えています。

 

その日から、私の夢は「『レ・ミゼラブル』に出演すること」でした。その団体の年に一度の公演に合唱団として参加を続け、いつかもう一度レミゼをやるときを夢に見て、得意ではなかった「歌うこと」を続けていました。チャンスが巡ってきたのは、5年後、中学1年生のときでした。

 

中学校に入って小学校の頃とは全く変わった生活と、土日のどちらかが1日潰れるミュージカルの練習との両立は簡単なことではありませんでした。「歌うこと」「舞台に立つこと」へのコンプレックスが大きくなっていたのもこの頃です。歌唱力も舞台度胸もなく、子役にしては大きすぎる一方、青年役がこなせるわけでもない私は、一度も舞台でセリフを発したことがありませんでした。自分より小さく、「子役」として舞台に立つことができる子や、同世代でもダンスが得意な子に目立つポジションが与えられる中で、「辞めたい」という思いがずっとあったのも確かです。

 

それでも、全ての暗い感情をどうでもよくするのがレミゼの曲たちでした。どんなに練習が長くても、どんなに出番のないシーンで待ち時間が多くても、歌い始めるだけで幸せな気持ちになることができました。緊迫感と悲壮感溢れる『一日の終わりに』。下品で低俗で楽しい『宿屋の主人の歌』。誇り高く美しいガブローシュと舞台に立つことができる『Look Down』。否が応でも胸が高鳴る『ABCカフェ』『レッド&ブラック』。その壮大さとハーモニーに浸りたくなる『One Day More』。そして何よりも、『民衆の歌』。

 

戦う者の歌が聞こえるか? 二度とは奴隷にならぬ! この叫び

心に響く胸の高まりだ 新たに始まる明日がある

 

日本版でよく知られている歌とは異なりますが、私が慣れ親しんだ歌詞はこちらです。この曲を歌うときの、勇気が湧き出てくるような不思議な気持ちは、今も忘れることができません。圧政下の市民の苦しみ、生きたいと願う気持ち、死への恐怖、そして何よりも、戦う決意。歌う中でも気持ちが移ろって、それでも革命に命をかけることと、その行動には大義があることを再確認するような歌なのです。

 

他にも、ジャン・バルジャン役最大の見せ場と言っても過言ではない『Who Am I』。恋に生きたファンティーヌがその人生を歌い上げる『夢破れて』。切なくも愛おしいリトルコゼットの『雲の上のお城』。ジャン・バルジャンを追い続けるジャベールの、警察官という崇高な決意が伝わる『星よ』。コゼットの上品な箱入り娘という一面と、恋に生きたファンティーヌの娘であるという一面の両方が伝わる、情熱の『プリュメ街』。恋の歓びと片想いの辛さがなんとも美しいハーモニーを作り上げる『心は愛に溢れて』。愛するマリウスと、幼い頃いじめていたコゼットの出会いを助けてしまったエポニーヌのラブソング『On My Own』。若者たちの死を恐れる気持ちと、世を儚む気持ち、互いへの愛が詰まった『共に飲もう』。ジャンバルジャンの娘とその愛する人を思う優しさに溢れた『彼を帰して』。病身のマリウスが仲間を想う『カフェ・ソング』。死を乗り越えてなお希望を歌う『民衆の歌〜リプライズ〜』。聴いているだけでもうっとりしてしまう曲ばかりで、本番を迎える頃には、自分が出ていないシーンの曲も全て歌えるようになっているほどでした。

 

たくさんの練習を経て迎えた本番。私は、人生で初めての経験をすることになります。カーテンコールを終えて『民衆の歌〜リプライズ』を歌った後も、会場に響く拍手が鳴り止むことはありませんでした。鳴り響く指笛や「Bravi!」という掛け声と共にいただいたスタンディングオベーションを、生涯忘れることはないでしょう。再び舞台に戻ったときのあの高揚、あの感動は、何にも代え難いものでした。もちろん、私がいなくともこの舞台が成り立ったであろうことや、その称賛は素晴らしいキャスト陣と、小さな劇場を大きく見せた演出や大道具・小道具などに向けられていたことなど、よく分かっています。それでも。「Bravi!」という複数へ向けられた称賛は、がむしゃらに歌うこと、舞台に立つことを続けた私への、最後のプレゼントかもしれないと思いました。

 

音楽が好きでした。歌うことも好きでした。舞台に立つことはあまり好きではなかったけれど、才能ある人々と同じ舞台に立つこと、その後ろで歌うことには誇りを持っていました。でも、自分に才能と舞台度胸がないことは、誰より自分が一番分かっていました。レミゼを終えたとき、もう悔いはないなと思いました。高校入学を理由に、舞台に立つことを辞めました。今も演劇はやっていません。

 

今でもレミゼが大好きです。ミュージカルが大好きです。演劇が大好きです。たまに「舞台に立ちたいな」と思うこともありますが、「観ているだけで十分だな」と思うのです。一人で立つには緊張する舞台ですが、中学生の頃、私には相棒ができました。レミゼでも『宿屋の主人の歌』で活躍する、アルトサックスです。やっぱり特別上手いわけではないのですが、大学でも吹奏楽サークルに入って吹き続けています。いつか『レ・ミゼラブルメドレー』を演奏できたら引退かなあと思っていますが、なかなか吹くチャンスが回ってこないのは、まだ音楽を続けろという誰かからのメッセージかもしれません。

 

『レ・ミゼラブル』の映画を観たことがある人は多いかもしれませんが、ぜひ、帝国劇場に足を運んでみてください。舞台上には、カメラには映し切れないたくさんのキャラクターがいます。皆さんは、アンジョルラスに憧れ、彼に「死など無駄じゃないのか。世界は変われるのか。幻じゃないか。」と訴えかけ、邪険に扱われながらも、最後には彼の隣で死ぬことを許された男を知っていますか。酒呑みでどうしようもないその男が、いかに幼いガブローシュを守ろうと立ち振る舞っていたか知っていますか。私はそのキャラクターをレミゼの登場人物の中で一番愛していますが、敢えてここでは名前を伏せておきます。どうかあなたの目で確かめてみてください。きっと、想像を超える感動が、劇場であなたを待っています。


 

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