「エコーチェンバー現象」とは?

ボイス
+10

皆さんこんにちは。この度、ボイス・オブ・ユース JAPAN事務局4代目編集長になりました久保田と申します。編集長になったタイミングで、一つ寄稿させていただきます。

 

皆さんは「エコーチェンバー現象」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?「エコーチェンバー現象」とは、同じ意見を持つ人同士でしかコミニュケーションが行われない結果、まるで自分の「声」が部屋の中で反響するようにどんどん大きくなり、自分の意見が正しいと信じて疑わなくなる状況のことを指します。これは特に、同じ趣味同士で繋がりやすいSNSなどのインターネットを通じた人間関係によく見られる現象だと言われています。

一般的に、「エコーチェンバー現象」に陥ってしまうと良くないと言われているのですが、何が良くないのでしょうか?

それは、まず第一に、自分が正しいと信じて疑わないため、自分の「間違い」に気づきにくいということです。そもそも私は、何が正しくて何が間違いなのかということについて答えがあるという考え方に懐疑的なのですが、デマやフェイクニュースなどの誤った情報を「間違い」と考えるのであれば、自分の意見と同じ主張している情報を目にした瞬間、その情報が間違っていたとしても正しいものであるかのように信じてしまう可能性があります。さらに、誤った根拠で自分の意見を正当化しているので、他人には説得力があるように思われない可能性があるうえ、誤った情報はいくらでも自分で作り出せてしまうので、自分の意見が他人の目には過激に映る可能性があります。

次に、二点目として、自分と異なる意見の人との争いや断絶を生むことになり、平和的な解決が困難になってしまうことです。私見ですが、異なる意見というのは、ある事象に対して、ある側面aを見るとAだと感じるけれど、別の側面bを見るとBだと感じるから、AとBという異なる意見が生まれるという仕組みで出来ているのだと考えています。そうであるならば、aだからA、bだからBという風に主張するほかなく、議論は平行線をたどり、対話による平和的解決はそもそも不可能だということになります。ここで重要になってくるのが、当たり前のことを言っているようで恐縮ですが、異なる意見に耳を傾け、理解することだと思います。つまり、Aの意見を持つ人は、別の側面bに気づくという姿勢を持って、bだからBという論理が自分にとって納得するかどうか吟味することが、平和的な対話の第一歩だと考えています。仮にbだからBという論理が自分にとって納得しなくても、少なくとも別の側面bを認識できていれば、違いを認めて異なる意見を尊重することができるのだと思います。しかし、「エコーチェンバー現象」に陥ってしまうと、別の側面bにさえ気づくことができないという事態を引き起こし、aだからAという主張を押し付けることしかできなくなるため、結果自分と異なる意見の人との争いや断絶の方向に走ってしまいます。

このように、「エコーチェンバー現象」に陥ると、自分の間違いに気づきにくくなり独りよがりになったり、自分と異なる意見の人に対して不寛容になったりすることで、自分も周りの人も生きづらくなってしまうことがあります。

では、「エコーチェンバー現象」に陥らないためにはどうすれば良いのでしょうか?

それは、今まで説明してきたことの裏返しになりますが、一つ目に、自分の得る情報すべてに対して本当かどうか疑ってみることです。特に、インターネット上の情報は誤った情報が多いと言われています。常に一度は疑うことで、ある程度は誤った情報を見極められるようになると思います。ただし、絶対正しい/間違った情報というものもないと思うので、ある程度は諦める必要があるのかもしれません。二つ目に、どのような情報も別の側面を考える姿勢を持つことです。情報収集する場合は、Aという意見ありきでaという側面しか見えなくなりがちだと思います。そういう時こそ、あえてbという側面に目を向け、Bという意見が存在するかもしれないということまで想像力を働かせることはとても重要だと思います。

これらは、言うのは簡単だけど実践するのは非常に難しいことだと思います。私も完璧にできているとは全く思えません。ある程度、割り切って生きている部分もあります。人に教えてもらえるものではなくて、自分で意識的に経験していくことで磨かれていくものなので、さらに難しく感じます。しかし、これらを実践していくことで、視野がかなり広がり、他人への理解も深まるので、自分にとっても大きな成長の機会を得ることができると思います。皆さんも、自分が「エコーチェンバー現象」に陥ってないか、意識して生活してみてはいかがでしょうか?

 

話は変わりますが、私はVoYJが大好きです。というのも、ライターの皆さんが書いてくださった記事はどれも多様性に満ちていて、認め合う文化があると思うからです。世の中の様々な答えのない事象について、各々が自分の考えることを「声」にして、そうやって出来た多様性に満ちた「声」がVoYJという一つのWEBプラットフォームに集まる。そんな「声」を通じて、読者は新たな気づきを得ることができる。私も編集部として2年間以上校閲してきた中で、様々な気づきを得ることができて果報者だなと思います。そして、これらこそ、「エコーチェンバー現象」が起こりやすいインターネットにおいて、VoYJがWEBプラットフォームとして存在していることの重要な意味の一つなのかなと思っています。そもそも、VoYJ事務局内部でも統一した理念とかがなくて、みんながそれぞれのVoYJを求めて活動していることも、ほんわかしていて好きなんですよね。

 

話が長くなってしまいましたが、これで私の話を終わらせていただきます。最後までお読みいただき誠にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。


 

+10