UNICEF中東・北アフリカ地域事務所 渡部美久さんインタビュー【後編】

インタビュー
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UNICEF中東・北アフリカ地域事務所 インプリメンティング・パートナーシップ・マネジメント・スペシャリスト・渡部美久さんのインタビューを全2回に分けてお送りします。

後編では、これからの意気込みや若者へのメッセージについて伺いました。

ユース時代からアンマン事務所でのお仕事についてお話しいただいた前編はこちら

 

国内の大学を卒業後、米国の大学院で教育社会学修士号と国際教育開発学博士号を取得。在学中にUNICEFインド事務所とUNESCOパキスタン事務所でインターンを経験し、卒業後は日本で開発コンサルタントとして勤務。ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度で青少年育成・参加担当官としてUNICEFネパール事務所で勤務後、2017年よりバングラデシュ事務所イノベーション専門官。2021年より現職。

 

・「声なき子どもたちの声を拾うこと」を心掛けているということでしたが、届きにくい声に耳を傾ける上で大切にしていることはなんですか?

現地でそこで生活する人たちの話を聞いていると、「教科書がほしい」「食糧がほしい」など日常生活におけるニーズから、もっと根深い文化的なことまで気がつきます。多くの場合、日々の生活に困っているような貧困層の人たちは、長期的な視点からではなく、目の前にある喫緊性の高い問題に基づいた要求をしてきます。ですが、その要求だけで考えるのではなく、一歩離れてみて「仕組み」として何が問題なのかという視点に立ってみると、現地の人々の声や生活状況のなかに暴力や虐待、差別、貧困といった問題が組み込まれていることがわかります。ですので、要求をただ伝えるのではなく、自分たちが間に入ることによって、彼らの状況を解釈・分析し、それを国全体や地域コミュニティの政策に生かしていくということが、私たちの役割なのだと思っています。

また、現地の人々の声や状況を政策に生かしていくという話をしましたが、1人の地域住民が直接コミュニティリーダーに意見を届けることは難しい一方で、UNICEFであれば、コミュニティリーダーだけでなく県や州の知事にまで彼らの声や状況を伝えることができます。私たちUNICEF職員はただのメッセンジャーではありません。現地NGOとも対話をしながら、現地の人々が抱えている問題をどのように解決していくことが彼らにとって現実的で効果的なのかという分析を加えた上で、わかりやすい形にまとめてから現地のリーダー達に人々の声を届けています。

 

・渡部さんご自身は小さな声を届けることを重視しているというお話でしたが、UNICEF職員の評価基準ではこの観点はどのように評価されているのでしょうか?

基本的に評価は、一人一人の職員に対してのパフォーマンス評価という形式で、年度の始まりに上司とのミーティングを通して立てられた5つくらいの目標とその指標に基づいています。たとえば私の場合、「国事務所のモニタリング能力を強化すること」を目標にしていますので、「モニタリングに関するトレーニングを〇〇回実施する」というような指標を立てています。

子どもの声を拾うことというのは、直接の目標になっていないかもしれませんし、人それぞれ様々な尺度があると思いますが、組織全体として職員がみんなやろうとしていることだと思います。私が勤務している国事務所のトップも、「現地の子どもたちの声を聞かなければいけない」と常日頃から言っていて、職員全体の意識や考えに浸透していると感じています。また、UNICEFはバックオフィスの職員も含めてフィールド重視の組織なので、小さな声を生かしていく段階での程度に差はあれ、現地にいる子どもたちの声を聞くことは全員前提として考えていると思います。いろいろな職員と話していても、子どもたちの声に関する話はよく聞きますね。現地の視察をする場合も、場所をざっと回って終わりではなく、コミュニティの広場に座って1〜2時間意見交換をすることもよくあります。

 

・今まで開発というところに焦点を当ててお仕事をなさってきたというお話がありましたが、将来的にはどのようなお仕事をしていきたいと思っていますか?

今後3〜4年は今の仕事を続けて、より一層効果的な仕組みづくりをUNICEF内部で進めていきたいです。「モニタリング」は実際の支援が効果的に行われているかどうかの検証や、より効果的な方法の考案ができる、とても重要な職域であるため、前職のイノベーションの視点・経験を生かしながら新たな意見を多く提案していきたいと思っています。

今後をもう少し長期的な視点で考えると、日本での経済格差の拡大やそれに伴う貧困問題といった分野への活動をし、日本に還元をしていきたいと考えています。まだ具体的には考えられていないのですが、その分野に関する本を読みながら、自分の今までの経験を生かしていきたいと思っているところです。例えば、開発コンサルタントとしてカンボジアの最貧困層に日本の中小企業が開発した浄水技術を届けるプロジェクトをしていたとき、「cross-subsidy*」という考え方を知りました。「cross-subsidy*」は内部補助と訳されるのですが、このプロジェクトでは、都市部の富裕層に浄水器を販売し、その販売利益から最貧困層へ支援を届けるという仕組みを導入しました。このような仕組みをうまく日本でも取り入れ、貧困や格差にアプローチし、経験を日本に還元していきたいと思っています。

そういった意味では5年後に国連職員を続けているかはまだわかりませんね。国連職員は継続雇用に保証がなく、常にポストを巡った競争をしていく必要があるので、このまま国連職員を続けていくかはわからないというのが正直なところです。

 

*cross-subsidy:内部補助、内部相互補助などと訳される。一般的には、一つの事業体が複数の製品やサービスを供給しているときに、ある製品やサービスで発生した損失を、他の製品やサービスから得た利益で補填すること。ここでは、他国からの支援に頼るのではなく、国の内部で、富裕層から得た利益を貧困層に還元することを指している。

 

・国連職員に興味のあるユースの中には、将来の保証がないことに対する不安を抱いている方もいるかもしれません。渡部さんは、自分が数年後に何をしているかわからないことに対してどう感じていらっしゃいますか?

 

私もその気持ちはわかります。国連で働く人は長い人でも3〜4年の契約ですし、早ければ1年で契約が切れてしまう人もいます。家族がいると尚更不安になるかもしれません。私自身、家族の大黒柱として働いていますが、次の保証はないですし、次にどこに赴任するかもわからない。わからないことだらけです。ただ心持ちとしては根拠のない自信を持っていて、「今していることが次につながる」と思っているので、今できることを最大限にやって、できる限りの成果を残そうとしています。それから、国連にいると「国連になんとか残ろう」と思ってしまいがちですが、それよりも「自分のスキルを上げていこう」「成果を残していこう」と思うことで精神が安定するように感じています。ですから、データ分析の勉強や語学力の向上、論文の執筆など、「今できることにフォーカスし、これからにつながるスキルを上げていくんだ」という心持ちでいます。

今の時代に安定した道なんてあまりないですよね。けれど、スキルを上げていけば、自分を認めてくれる場所が必ずあると信じています。

 

・勇気をいただきました。ありがとうございます。最後にユース世代へのメッセージをお願いします。

ユース世代の皆さんの中には、「未来がどうなるかわからない」ということに不安を感じる人がかなり多い気がします。その気持ちはよくわかります。ただ、私は国連でいろいろな人を見てきて、日本では考えられないようなキャリアを歩んできた人たちを目の当たりにして、いろいろなキャリアパスがあると感じてきました。

多様性の幅は思っている以上にすごく広いので、自分が興味あることに挑戦することで、経験をたくさん積んで行けば良いと思います。その過程で実際に見たことや感じたこと、またそこでの出会いに対して、心を揺さぶられることもあると思います。そこからまた将来について考えてみても良いのです。ですから将来を重く考えずに、いま自分がやりたいと思う課題や問題に好奇心を持って取り組んでほしいと思います。それから、気負わず焦らず、毎日を楽しみながら研究したり、勉強したり、人間関係を作り上げたりしていけば良いのではないでしょうか。チャンスはきっと目の前にたくさんあるので、オープンに身軽にどんどん新しいことに挑戦すると良いと思います。

 

どうしても気負ったり焦ったりしてしまうという人も、考え方はトレーニングできます。私は元々ポジティブで楽観的ですが、それでも悩み始めたときは、「悩むのをやめる!」と決めています。他にも、自分を客観視するための心理テクニックとして、『0秒思考』という本に載っている方法を私は実践しています。まず1つ目に「悩んでいる」ことに気づき、2つ目に「悩むこと」を止め、そして3つ目に悩んでいることを「書き出してみる」という方法です。書き出してみると、悩んでいるときには同じようなことを繰り返し考えていることが多く、悩みは深まりも前進もしていないことに気づきます。現在の状況や、進もうとする道のメリット・デメリットを書き出し、客観的に分析してみてください。それから、先輩、先生、友人などに聞くことも新しい視点が得られて大切なことなので、お勧めしますよ。

 

◯感想

横山果南

渡部さんの進路に関する考え方がとても心に残りました。私はあと1年で就職をするのですが、自分が目指している仕事につけるか不安に思っていました。渡辺さんのお話を聞いてからは、落ちてしまったとしても、それはたまたま相性が悪かっただけで、きっとどこかに自分を求めている場所があると考えることができるようになり、心が軽くなりました。就職してからも、渡部さんのように向上心を持って頑張っていきたいと思います。素敵なお話をありがとうございました!

 

岡俊輔

現在修士1年で進路について考える時期で、どうしても将来に関して漠然とした不安な面があるのですが、「悩むのをやめる!」といった渡部さんの言葉がとても印象に残りました。同時に、国連機関という組織が実際に世界各国でどのような役割を担っていて、どういったアプローチで課題の解決に向かっているのかについて、改めて具体的に伺うことができて、いつか自分自身もそのステークホルダーの一員になりたいという気持ちが高まりました。まずは大学院生として、さらにこの分野の専門性を高めていくことが今自分にできることだと考えております。沢山の素敵なお話をありがとうございました!

 

影山舜

学生時代に感じた、「居ても立っても居られない気持ち」が今の原動力になっているというお話が特に印象に残っています。明るく話しやすい雰囲気の中にも、渡部さんの言葉には一つ一つ重みや力強さが感じられて、それはきっと目指しているもの、目指してきたことが一貫しているからなのだろうと思いました。大学生である今の想いを大切にして、気負いすぎず、焦りすぎず、自分のできることを精一杯頑張ることから始めてみようと思うことができました。素敵なお時間をありがとうございました!

 

ゆい
将来の仕事として国連職員も視野に入れているので、「今していることが次につながる」という考え方が強く印象に残りました。今までいろいろな国連職員の方の話を聞く中で、国連の仕事の不安定さばかりを気にしていしまっていましたが、他の職業にも目を向けると、今の時代安定した職業があまりないというのも最もな話で、自分のスキルを上げていくことの大切さを改めて感じました。

 

佐藤浩

国際機関に所属し開発途上の国の人々のために働くことは、自分の全ての能力・才能を試され、活用することだと感じました。つまり、培った知識と使える経験を精査し、己の集中力、忍耐力、柔軟性、他者とのコミュニケーション能力を総動員して、目の前の貧困や理不尽に苦しむ人々に活かせるアイデアを創造し、仲間と共有し、組織で実行する。誰かの役にたちたいという純粋で熱い気持ちを持ちつつも、人々の苦しみの背景にある時代遅れの風習や制度を冷静に分析し、国連という大きな力に現地のNGO組織と小さな個人も取り込み、惜しげもなく根底にある原因を改善していく様子を伺えたことが刺激になりました。


 

 

 

 

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