UNFPAバングラデシュ事務所 成田詠子副所長【後編】〜UN75特別インタビュー〜

インタビュー

9月20日の第93回五月祭にて、国連人口基金(UNFPA)バングラデシュ事務所、成田子副所長をお迎えし、公開インタビューをさせていただきました。これは国連創設75周年を迎える2020年、UN75企画の一環として行ったものです。

 

今回のインタビューの様子は、前編後編の2回に分けてお送りしています。後編では主に成田さんのキャリア選択について伺ったことをお伝えします。また、インタビューの最後には全国のユースへメッセージもいただきました。

 

前編に引き続き、メンバーからいくつか主にキャリア選択に関して質問をさせていただきました。】 

– 先ほど子どもの頃から国連に憧れていたというお話を伺いました(前編)。そもそも国連に憧れ、国連というキャリアを選択したのはなぜかについてお聞かせください。

国連に憧れたエントリーポイントは何か、というとやはり英語だと思います。自分が日本の学校にあまりそぐわないと思って、登校拒否をしたあと、インターナショナルスクールに行くようになったのも、どこか英語が好きだったからだと思うんです。当時は7歳と幼く、深く考えていたわけではないんですけれども、英語が好きというところから、母国語とは全然違う言葉をしゃべる人たちに興味を持ったのだと思います。そんな時、国連英検を知って、「国連っていう機関があるんだ。何をしてるんだろう」と思ったのが最初だったと思います。それから「こういうことをやってるんだ。すごくいいな」と思いました。

要するに、「自分は世界で働きたいな」というシンプルな思いから、国連で仕事がしたいという思いにつながっていったんだと思います。

 

– 小学生の頃に国連というキャリアを決め、そこから実際に就職するまでにはかなりの年月が経っていたと思います。その中で迷いなどはありましたか。

ありました、当然。。(笑)

今までで本当に大きな壁にぶつかったのは自分がハーバード大学の大学院を卒業したあとですね。何度も何度も国連を目指してJPO(Junior Professional Officer)(*1)試験を受けたのですが、全然合格できない時期がありました。その時期は、自分は本当に国連で仕事ができるのだろうかと悩みました。ここまで努力しながら、なぜ国連に入れないのかとすごく落ち込みました。母と話をしたところ、受かったときにそういった経験を生かして、苦しい立場にある人たちのために仕事をしていくことができるのではないかと言われて。それで諦めずに受け続けたんですね。3年ほどかけてJPOにやっと受かりました。「諦めなくてよかった」と感じました。

 

– 国連の職員になってからのキャリア選択はどのように行ってきたか教えていただけますか。

国連のキャリアはすごく面白いのですが、同時にすごく不安定でもあります。今年仕事があったから来年仕事があるというわけではなく、1年か数年ごとに契約を更新することになります。わたし自身、副所長になる前の、たとえばフィジーやラオスにいたときは、「現場に落ち着いて6ヶ月間、ないしは1年経った。じゃあ次の仕事を探そう」という感じでしたね。目の前の仕事とキャリアを常に両方考えながら仕事をする感じです。国連は、公募を見て、興味のあるところを受け、受かったところで働くので、行くところはもちろん全て、自分が行きたいところなんですけれどね。

管理職である副所長になるとそこがちょっと違います。2〜3年に1度、ローテーションで機関が動かしてくれるといったシステムに乗るので、安定性はありますが必ずしも行きたいところには行けないこともでてくるんですね。そこで、自分はどういう風に対応するか。「大体こういうところに行きたいな」っていうのは今もありますので、本部に行った折などに、人事の人に自分の希望を伝えておいたりします。その結果、その方がわたしの希望を覚えていてくれて、合うポストがあればマッチングしてくれる、といったかたちです。今はそうやって「自分が行きたいところに行ければいいなあ」というぐらいの感覚でいますね。

 

– 国連のキャリアを積んでいく中で、ロールモデルにされている方がいらしたら教えてください。

やはり女性のロールモデルが多いです。先日亡くなったRuth Bader Ginsburg(*2)という米国の最高裁判所の方がその一人です。彼女とわたしは同じ大学を出身なのですが、いろいろな苦労を体験しながらあそこまで上り詰めて行ったし、やはり自分のためだけではなく全ての女性、また男性のために男女の差別をなくす活動をやってこられた方なんですね。

あとはわたしの母ですね。登校拒否の経験や、国連にもなかなか入れないという体験をしていた娘に対して、信じてくれたことはすごく大きいでね。どの大学を出たとか、キャリアがどうとかではなくて、人としてすごく素敵な人をロールモデルにするとすれば、今まで出会った中ではやはり母じゃないかと思います。

 

 【最後に全国のユースに向けてメッセージをいただきました。】

– 最後になりますが、全国のユースに向けて、何かメッセージをお願いします。

自分が情熱を持ってできることを見つけることが、人生の中で一番幸せなのではないかなと思います。「本当にこれをしたい」と思うような、興味のあるものが皆さんにも見つかればすごくいいなと思います。それはたとえば大学生の頃に限定しなくてはいけないということではなくて、「人生において、常に何か情熱を持ってできることを探す」という心いきが重要だと思います。そして、それこそが幸せにつながっていくことだと思います。

一方で、情熱(パッション)だけでは続けていけないところもありますので、人情(コンパッション)を同時に忘れないことがすごく重要なのではないかなと思います。つまり、優しさと理解を相手に捧げることは本当に重要だと思います。あとは自分にもですね。「間違っても自分を許してあげる」とか、「うまくいかないことがあっても自分を受け入れてあげられる」とかいうように、コンパッションを自分も含めた全ての人に持てるといいのではないかと思います。

 

– インタビュアーからの感想 –

(みのり)

貴重な体験をさせていただき、本当に光栄でした。ありがとうございました。

わたし自身、パッションを向けられる何かを常に探し続けたい、また、その上にコンパッションを向けられるような人間になりたいと強く思いました。また、「コンパッションは自分にも」というお言葉が印象的でした。うまくいかない時、自分が許せなくなるようなことは多いと思いますが、そんな時でも自分を受け入れられるような余裕を持ちたいと感じました。

(ゆい)

今までいろいろな外国に行き、いろいろな国籍の人と関わっていく中で、異文化理解に苦しむことが多々ありました。他文化の中で仕事をすることについても聞かせていただきましたが、自分がわかってもらえないのが当たり前ということは、たしかにそうだなと思いました。また、大変な時、自分の思い通りにならないような時に大切なのは友情や家族だというお話がとても心に染みました。ありがとうございました。

(さとこ)

『全然国連で引っかからない時期があって』というところのお話がとても印象に残りました。わたし自身高校生のとき英語関係のコンテストが全然ダメな時期がありまして、体験の規模は全く違うと思うんですけれども、そういうときに悩んでしまったりしたことがあったので。これからもそのような経験はいろいろとあると思いますので、そのような時に、今日のお話を教訓にさせていただけるともっとうまく自分と向き合えるのかなと感じました。本当に本日のインタビューがとてもいい経験になりました。ありがとうございました。

 

(*1)JPO(Junior Professional Officer)制度:各国政府の費用負担を条件に国際機関が若手人材を受け入れる制度。日本でも外務省を含む複数の省庁が、国連をはじめとする国際機関に派遣を実施している。JPOの審査は書面と語学審査の2段階に分かれる。 

(*2)Ruth Bader Ginsburgアメリカ合衆国の女性の法律家。27年間連邦最高裁判事を務め、特に性差別の撤廃などを求め数多くの法廷闘争を手がけた。


 

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