ポジティブじゃなくても生きられる

ボイス

私はポジティブではない。

こんな書き出しの記事があって然るべきではないかもしれないが…

もう一度前置きさせていただく。私はポジティブではない。

 

だからといって毎日ネガティブで悲しんでいる日々を送ってはいない。

結論から言うと、私は共感性が高いようだ。

そして自分の感情を知り、私はシンプルに自分に素直に生きると決めた。

 

私は現在、映画や舞台の脚本づくりや演出に関して日々鍛錬を積んでいる。

映像の勉強をするために、1日1本のペースで映像作品を見る。でも、絶対1本。1本以上見ると感情が追い付かないため、1本が限界だが。どうしても1日2本見たい場合はバラエティー番組でリフレッシュしなければ、自分がここに存在しないのではないかと不安になり眠れない。正直、自分の共感性をポジティブに捉えられないし、なんというか、うれしくはない。私はもっと映画が見たいのに。

ほら、またポジティブに言えないのよ。

 

感情の整理がつかなくなったり、物語に入り込んだりするのは高校生になって気づいたことだ。授業中に見た映画の衝撃が強すぎて、自分自身がまるで宙に浮いているかのような感覚になった。ニュースで出てくる注射のインサートカットも怖くて見られない。花やしきのスリラーカー(洋風お化け屋敷を車で回るアトラクション)は絶対に目を開けなかった。将来私とデートするあなた、絶対に乗せないように。ほかにも、散歩中のペットの目が見られない。プリクラのキラキラした雰囲気がどうしても怖い。私にとって世の中怖いものしかないと思っていたのだ。

 

私は昔から、明るく生きようと心掛けてきた。あくまでも、人前で。そうすれば、場も和むし、なんとかやりすごせる。暗い雰囲気は居心地が悪いからそうしていただけである。そんなことを言うと、友人たちに嫌われるかもしれない(笑)

まあいいか。自分じゃない自分を作り上げていることに罪悪感はない。ポジティブ人間を演じていた方が、楽しい時だってあるから。どんな自分も私だといえるから。

 

そういえば、なぜか、友人はみんな賢い。びっくりするほど学歴も最強だ。

それに比べて、私は劣っていると思っていた。いや、高校に入学した時から私は周りより価値がないと思っていた。しかし、そんなことはない。

私は私で、友人は友人だ。

少しネガティブな自分も今は大好きだ。

そう言い切れる強さを勝ち得た時、私は変わった。

 

一旦、暗い自分も受け止めると、なぜか心が軽くなった。

ネガティブでも、ここに生きていていいのだよってね。


 

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