宝物

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「髪はチリチリ、心はまっすぐに頑張っていきたいと思いますー!よろしくお願いします!!」

これは、今の私が自己紹介の時に必ず言う決めゼリフです。このセリフで幾度とない初対面の場面を乗りきってきたことか…。時には笑いとともに、時には感心の眼差しとともに、初対面特有のピリッとした場を少なからず和ませてきました。(そうであってくれるといいな…)

 

このセリフ、何も私が生まれた時から持っていた標準装備では全くありません。幼い頃の私はむしろ逆。髪がチリチリなのが本当にコンプレックスで、人と違うそれが原因の一端となっていじめられたこともあって、引っ込み思案で人前に出たくない、自己紹介のときもなるたけ目立ちたくない、そんな少年でした。

 

時が経って少しずつ大人になってくると、中学生くらいでしたかね、身の丈に合った「上手な生き方」を覚えてくるようになります。

ここで私が社会で生きていくために取ったのは「自虐ネタ」という手段でした。自分のコンプレックスを卑下して、面白おかしくいじって笑いを取る。それが童心ながらに考えついた、平穏に生きていくための方法でした。「いや誰がブロッコリーやねん!」「いや金属タワシここにあったかーーって髪の毛やないかい!」といった具合です。(実際に見た人にしかわかりませんが私の髪の毛はそんな感じになっています。)これがまあウケるウケる。

 

「笑いの取り方」のコツを覚えてしまった私は、次々に自虐ネタを考え、笑いをとり、気づけばもういじめられることなんてない人気者(かは怪しいけど)になって、半ば有頂天になっていました。

 

「しんどくないの?」

そんなある日、不意に1人の仲のいい友達にこう言われた時、私は呆然としました。なぜだ?せっかくコンプレックスを生かして、笑いを取れて、いじめられることもなくなって、どこにしんどい要素があるんだ?

「自虐ネタばっかやってたら、笑いは取れるかもしれないけど、一生自分の髪を好きにはなれないよ」と。私はハッとしました。私は、コンプレックスを乗り越えたわけじゃないんだ。笑いの材料にすることでそのコンプレックスをごまかして、いじめられた過去、辛かった日々、そして誰よりも自分が一番嫌いだった過去の自分をごまかしているだけなんだ。どうにかして正当化しようとしているだけなんだ、と。思えば、チリチリ髪で笑いをとっている割には、高校を卒業したらすぐにでも縮毛矯正をかけて、みんなと同じオシャレな髪型を楽しもう、などと考えていました。結局、自分の髪を真に好きになれてなんかいなかったわけです。

 

「髪の毛はお前にしかない、お前の宝物だろ?大事にしろよ。俺は好きだぞその髪の毛。」

いつもアホな話ばかりして、一緒に騒ぎ倒してばかりいる友達が見たこともないような真顔で、こんなセリフを言ってくるもんだから、私は大笑いして、アホか!といつもどおりツッコんで……涙を流しました。

初めて自分の髪を誇りに思えました。好きになれました。自虐して笑いを取るのではなく、自分にリスペクトを持った笑いを取るようにしよう(笑いは捨てんのかい!って感じですね)と思うようになりました。

 

大学生になって2年が経ちました。縮毛矯正は、かけていません。かけようとも思いませんでした。だって、かけてしまったら私の宝物が失われてしまうから。そんなのはいくら「オシャレ」でも、本当の自分ではないから。

 

自分が人と違う部分って、あるべきものが自分にだけないんじゃなくて、人にないものを自分だけが持っているってことなんです。これに気づくのに十数年かかりましたが、これってとっても大事なことなんじゃないかなあと思います。画一化とか、均質化とか、そういった問題が色々なところで囁かれていますよね。みんな違って、みんないい。(大事なとこで引用すんのかい!!って感じですけども)人種・性別・属性etc. 難しい話は避けますが、それでいいんじゃないかなあ?と思います。お互いを認め合って、尊重しあって、愛し合って、そんな社会に少しでも近づけたら、素敵ですよね。

 

この記事、卒業前の最後の作品にでもしようと思ったんですけど、また価値観とか考えとかが変わっていく中で「その2」を書いてもいいし、悩める誰かの力に少しでもなったらエエなあと思って今、この2年生の特に何もない時期に書いてみました。

 

人と違うもの、それはあなたにしかない個性です。あなたにしかない宝物です。どうか、好きになってあげてください。

 

このメッセージをなるたけたくさんの人に伝えるべく、私は今日も髪はチリチリ、心はまっすぐに、走り続けたいと思います。

 


 

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