国際人種差別撤廃デーに考える―そもそも「人種」とは?

この日なんの日
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今日、3月21日は国際人権差別撤廃デーです。国際人権差別撤廃デーは、当時南アフリカで敷かれていたアパルトヘイトに対し平和的な抗議活動をしていた69人が虐殺されたシャープビル事件の事実を国際社会の記憶にとどめておくため、1966年の国際連合(国連)総会で制定された日です。人種差別撤廃条約はその前年の1965年の国連総会で採択、69年に発効されましたが、日本は1995年にようやく加入しました。

 

そもそも「人種」とは、肌の色や骨格などの身体的特徴により区分されたものを指します。「在日」、「日系」、「ハーフ」、「クウォーター」、「移民」、「難民」…といった言葉はよく聞かれますが、こうした言葉そのものも人種差別に繋がりかねません。

 

今までに私が接してきた海外の人々との経験から、両親共に同じ国籍であるほうが珍しいような気がします。英語には”mixed”という、日本で言う「ハーフ」に該当する言葉がありますが、海外の人々(特に欧米出身)と接する中で、この言葉が会話の中で出てきたことは皆無に近いです。つまり、それほど多国籍間での結婚が身近であり、敢えて「ハーフ」かどうかを区別する必要がないのでしょう。

 

私が感じる日本で人種差別に値する例として、日本の教育機関が規定する校則があります。「黒髪」であることが、望まれる日本人としての正しい在り方なのでしょうか。これだけ海外との交流が盛んな社会で、少し古すぎると思います。こうした日々存在するルールにも、人種差別は潜在しています。

 

2019年時点での在留外国人数は282万9,416人[i]で日本の総人口の2.24%を占めます。過去最高の人数とはいえ、人口比率から見ても外国人の割合が多いとはいえません。島国であるということもあり、多様性の限られた環境下にいることで、「人種」を意識する機会が大陸で繋がっている他国よりも少なく、「人種」という概念を理解することが難しいということもあるでしょう。しかし、グローバル化した現代社会ではそのような言い訳は許されません。見た目や名前が「日本人」っぽくない、という理由で差別的扱いを受けている人は数多くいるはずです。自分と違うから、嫌う。日本の、「みんな同じ」という概念が、このような差別が生まれやすい温床となっているのでしょう。しかし、嫌悪感というものは、よく相手への理解不足や無知から生まれるものです。

 

「日本は単一民族である」という誤った認識が日本に少なからず見受けられるように、国内でのアイヌ民族への理解はあまり高いとは言えません。自分が人種差別に遭ったことがないから知る必要がないのではなく、「知ろう」という姿勢に転換することでより他者が抱える問題を理解し、より広い視野で私たちを取り巻く世界の物事を考え、誰もが住みやすい社会の形成に繋げられるはずです。人種差別は決して遠い国の出来事ではなく、日本でも身近で深刻な問題です。とはいえ、私も人種について知らないことがまだまだ溢れているので、今回このテーマで記事作成を申し出たものの、執筆しながら自分自身の知識もより高めていかなければならないなあと痛感しています。

 

最近は「ハーフ」であるスポーツ選手の活躍が目立ちますね。私はようやく日本でも多様性が受け入れられるように(目立つことができるように)少しずつなってきた!と個人的に嬉しく思っています。日本人から「ハーフ」と切り取って語るのも嫌気が指しますが・・・、私はあくまでも多様性をポジティブに捉えています。

 

既に、私たちの生活は外国人労働者の方々に支えられていて、人口減少による労働力不足に際し、日本国内で今後さらに増えることが予想されています。それに並行して日本で人種への正しい理解が深まり、多様性の尊重が高まることを信じています。

 

[i]法務省 http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00083.html アクセス日2020年3月5日。

 


 

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