散歩のすすめ

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最近適当に日々を過ごしている。将来に対する漠然とした不安がある。日常に新鮮味を感じない。最近の私はこんな感じだった。同じように感じている同年代もいることと思う。実は昨日、このどうしようもない悩みに対するシンプルかつ最強の解決策を見つけてしまった。この発見を一人で抱えておくのはもったいないのでここに共有しようと思う。そう、散歩である。

 

まずは先ほどの「どうしようもない悩み」の正体を明らかにしていこう。突然だが皆さんの日常の中に人間は存在するだろうか。他人、人の目と言い換えてもいい。これが全くないという人はいないだろう。私は生まれてこのかた東京に家族四人暮らしであり、家の中も外も人だらけである。人の目の存在は至極当然であり、ことさら意識するほどのものでも無くなっている。

 

東京以外に住んでいる、または一人暮らしという方でも、例外ではない。現代は孤独を奪う道具に溢れている。その代表格がLINE、Twitter、InstagramなどのSNSだ。これらは中毒者も出るほどの嗜好性を持ち、今や現代人の生活の一部に欠かせないものとなっている。インターネット空間にも人の目は溢れている。

 

もちろん常に周囲の人と繋がっているのは悪いことではない。ただそれにより脅かされているのが「内発的動機」である。簡単な説明を加えておくと、内発的動機とは自分の心の声のことであり、休日にふと映画を観にいこうと思いたつようなものである。反対に外発的動機は行動に影響を与える外的な要因のことで、夏休み最終日に溜まった宿題を片付けるようなことを言う。

 

内発的動機と外発的動機の違いはその出どころにある。内発的動機は自分の心の中から生じるが、外発的動機は周囲の人間が発した情報を受け取る形で生じる。ここまで来ると冒頭の「どうしようもない悩み」の正体が分かる。現代は人の目と情報に溢れており、外発的動機が多すぎるために、誰もが本来持っているはずの内発的動機が抑圧されているのだ。

 

この問題は気づくのが早いほどいい。人生は決断の連続である。残り時間が長いほど選択肢は多く、その中から最善手を見つけることで将来大きなリターンが得られる。この変わり映えのしない日常に決断などないと思うかもしれないが、それは「決断をしない」という決断をしていることに他ならず、死ぬ間際に後悔する羽目になると私は考えている。

 

選択肢の多い今決断を下したい。しかし自分がやりたいことなんて特にない。これが平均的若者の本音であろう。この問題を解決するシンプルかつ最強の方法、それが散歩である。

 

散歩のルールはたった一つ。一人になること。人はもちろん物のお供もなし。これさえ守ればどこに行ってもいいし、途中で何をしてもいい。飽きたら帰ってもいい。この自由さ、気まぐれさこそ、実はなかなか得られない贅沢だと思う。

 

なんでこんなルールを設けたかと言うと、散歩をしている時だけは外発的動機に全く縛られてほしくないからだ。できれば知り合いのいないところがいい。例えば自分探しのために若者がインドへ旅立つのも、全く異なる環境に身を置くことで自分を相対化できるという意味がある。ただそこまでしなくても散歩で十分。一人になって、自分の心の声に耳を傾けてみる。そうすると、普段は姿を見せない恥ずかしがり屋の内発的動機に出会えることがある。

 

この内発的動機には、とことん親切に向き合ってあげてほしい。スルーせずに、一緒にゆっくり悩み相談に乗ってあげる。この時に効果的なのが、出来るだけ内発的動機を言語化してみることだ。診断名がつけばお薬も処方しやすい。

 

最後に一つ。内発的動機には必ずしも出会えるとは限らないが、経験則では夜に出会えることが多い。しっかり着込んで家を出よう。誰もいないところで新しい自分に出会えるかもしれない。

 


 

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