世間から遠く、世界に近い場所

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「理学部物理学科に所属しています」と自己紹介すると、大抵驚いた顔をされます。確かに、物理学科の人間はそうたくさん居るものでもないのでしょう。興味を持たれてか、「どうして物理学科に?」と聞かれるのが常です。

この問いに答えるのは比較的簡単です。人によって理由は様々ですが、例えば「素粒子理論に興味があって」とか、具体的に「物理の先生になるため、より専門的な学びを得たかったから」とか、シンプルに「宇宙が好きだから」とか。なんとなくふらふらと来た人も居ます。友人達の志望理由を聞くと結構面白かったりするものです。

この問いに答えると、次の問いを投げかけられます。「物理学科って何をしているんですか?」

この質問への回答は少し考えねばなりません。物理学科なんだから「物理」をやっているに決まっているのですが、そもそも「物理」というものが説明しにくい。具体的に答えようとして「力学とか電磁気学とか……」と述べ始めるのが一番よくない。

物理に触れてこなかった方には「力学?電磁気学?それって何なんです?」と更に疑問を生ませるだけですし、これに答えていくのには骨が折れます。高校物理程度まで学んだ方には「それくらいのことは分かりますけれど……」と思われてしまう。

かと言って、ここで「量子力学っていうのがあってね、Schrödinger方程式がうんぬん」などと言い始めたら−−中には真剣に理解してやろうという方もいますが−−十分な理解へ繋がらないことの方が多いでしょう。

質問者は更に投げかけます。「結局物理学ってなんの役に立つんですか?」

自然な疑問です。物理学を学ぶと何が出来るのか、物理学が発展すると世の中にどんないい影響が現れるのか。物理学を専門に学んでいるわけではない方にしてみればそちらの方が大事かと思います。

しかし、現代においては、純粋理学が分かりやすく直接的に世の中の役に立つことなど非常に稀なのです。世界で初めて重力波が検出されようとも、ブラックホールの姿が撮影されようとも、皆さんの生活はそれ以前とほとんど変わらなかったことでしょう。

物理学を専門とする人間の集団というのは世間から随分と遠いような存在に見えるのかもしれません。傍から見れば何をやっているのかよくわからない。成果が出たところで直ぐに社会に影響を及ぼせるわけでもない。時たまニュースをほんの少し騒がせるだけです。それも数日で収まります。

でもこの集団は、世界に近しいところに居るんだと感じています。物理学というのは素粒子と呼ばれる物質の最小単位から宇宙の果てまでも扱う学問です。この世が何から出来ているのか、宇宙の初めはどんなものだったのか、そして終わりはあるのか。誰もがワクワクするような、それでいて難解な問題に立ち向かっていく。それが物理学の営みです。

問題の答えが必ずしも我々人間の役に立つのか、ということを事前に教えてくれるものはありません。解き明かしていく過程でたまたま役に立つことがあるかもしれないし、人間にとって不都合な真実が見えてくることもあります。それを時に受け入れ、時に疑いながら前に進んでいかねばなりません。我々がやっているのは真実の追究なのですから。


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