翻訳のはなし

この日なんの日
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9月30日は、国際翻訳デー。聖書を翻訳したことで有名なヒエロニムスの記念日がこの日であることにちなみ、異なる言語を使う人々の調和、ひいては世界平和に大きく貢献する「翻訳」という仕事を称えるため、制定された国際デーなのだそうです。[1]

 

私は、いつか翻訳家になれたら嬉しいと思っています。翻訳の仕事に憧れているひとりの学生として、ある言語を他の言語に訳す作業というのは、とてもおもしろいものです。言語のシステムが違うものを、できるだけもとの雰囲気を壊さずにわかる言葉に置き換えようというのですから、難しいけれどそれだけ興味深い作業。

たとえば、直訳では文章が不自然で読みにくいけれど、意訳しすぎるとそれはそれでもともとの意図が伝わらなくなってしまう可能性もある。少し前に話題を集めた『翻訳できない世界のことば』という本が紹介するように、ぴったり対応する一言が見つからない単語も、世界にはたくさん。でもそうした言葉を説明的に訳してしまうと、原語の文章が持っていたリズムが崩れてしまうことがある。詩や歌ならなおさらです。冗談や言葉遊びも、訳しにくい要素のひとつ。その言葉で遊んだこと自体に意図があるのかもしれないけれど、そのまま訳しては誰にも笑ってもらえない冗談になってしまうかもしれない。……

こんなふうにいろいろなことで悩み、ひとつひとつに決断を下しながら言葉を紡いでいく作業が、私にはとても楽しいです。

 

翻訳をしてみると、言語それぞれが持つ性格のようなものが見えてくることがあります。

日本語は、話し手の属性や性格や気分を細かく、でも遠回しに表現できる言語。感動詞や終助詞を付け替えたり、名詞を類義語と交換したりするだけで、まるきり違う人が話しているかのような文章を作ることもできる。「へえ、そんなことあるんだ!」と「まあ、そんなことがあるなんて」では思い描く声のトーンも全然違いますよね。敬語に代表されるように、他の人に配慮するための語彙もたくさんある。ちょっとシャイだけれど丁寧な感じがします。

対して英語は、言いたいことをストレートに伝える言語。さらっと相手を褒めたり、逆に言いにくいことをすっと口に出したりするのにも向いている言語です。たとえば同い年の友達が着ているワンピースを褒めるときも、会社の上司が着ているワンピースを褒めるときも、どちらでも「I like your dress!(そのワンピース素敵だね!)」と同じ表現を使うことができる。でもこれを両方とも「そのワンピース素敵だね!」と訳すと、日本人の多くは違和感を覚えるでしょう。「上司にタメ口を使ってるの?」となるはず。「素敵なドレスをお召しですね」などというふうに、状況を押さえた訳し分けをする必要が出てくるわけです。日本語を勉強している人からすれば、なんて面倒な言語なんだ、とため息をついてしまうところでしょう。機械翻訳にすべて任せるわけにはいかないのも、こういうところなのだと思います。

 

もとの言語と翻訳する言語の両方をよく知っている人でないと、もともと意図されていたことを、翻訳先の言語を使う人たちに受け入れやすい形で表現することはできません。日ごろ翻訳のお仕事を通して、国と国、文化と文化のかけ橋になってくださっている方々の存在、とてもありがたいです。

私もいつかその仲間入りを果たせるように、もっと勉強しなくては。

 

[1] https://www.un.org/en/observances/international-translation-day

 


 

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