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	<title>わやん | ボイス・オブ・ユース JAPAN</title>
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		<title>「できること」と「できないこと」と「できるけど疲れること」</title>
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		<pubDate>Mon, 25 May 2020 03:00:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[わやん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ボイス]]></category>
		<category><![CDATA[多様性/インクルージョン]]></category>
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		<category><![CDATA[障がい]]></category>

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				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">2019年末にお笑い芸人のチュートリアル徳井さんが脱税疑惑で話題になったことがありました。その際に彼のプライベートにおけるだらしなさやルーズさも明るみにされ、SNS上では「ADHDではないか？」などと騒がれました。ADHD（</span><span style="font-weight: 400;">注意欠陥／多動性障害</span><span style="font-weight: 400;">）とは注意欠陥や落ち着きのなさ、衝動性などが特徴の発達障がいです。その一方で「障がいなんて大げさな」「ただ怠慢なだけ」といった声もありちょっとした議論になっていました。この議論を見た私は少しモヤモヤした気持ちになり、この記事を書くに至りました。自分の体験も含めてダラダラと書きますがどうかお付き合いください。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私にとって障がいは幼いころから比較的身近な存在でした。というのも家の近くに盲学校という、視覚に障がいがある人のための学校があったからです。そのため私は幼くとも点字ブロックや音が鳴る信号機の意味を理解していましたし、親からも目の見えにくい人に会ったらどうすべきかを教えられていました。さらに私たちの小学校には特別支援学級があり、障がいがある生徒もそうでない生徒と同じ校舎で生活していました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかしその一方で私は障がいのある人のことをどこか別世界の存在とも感じていた部分もありました。障がいのある人は盲学校や特別支援学級などの「特別な環境」で生活していたからです。精神や身体に障がいがある人は「障がい者」と呼ばれ、サポートを受けるために特別な環境で生活する。一方で障がいがない人はサポートを受けることなく「普通に」社会で生活する。そんな考え方が次第に自分の中で当たり前になっていきました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">そんな私の障がいに対する認識が少しずつ変わり始めたのは高校を卒業してからでした。大学受験に失敗した私は県外の予備校で1年間の浪人生活をすることになったのですが、その予備校で私はA君という青年と知り合いました。A君は話し方が特徴的で、滑らかに話そうとしても「こ、こ、こ、こんにちは」といったぐあいに言葉が詰まってしまうことが多くありました。さらに彼と並んで昼食を食べたり模試後の自己採点を一緒にしたりする仲になると、彼が国語で小説の登場人物の心情がうまく読み取れなかったり、毎日全教科の教科書を予備校に持参していたりしていることに気が付きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">後日私がこれらについて調べたところA君の話し方は吃音（きつおん）と呼ばれる発話に関する障がいのひとつだということがわかりました。さらに他人の心情が読み取りにくいのはASD（自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群とも）の特徴のひとつで、物事をうまく整理整頓できないのはADHDの特徴のひとつだということもわかりました。このことをA君に話してみると彼もそれらの障がいのことを自覚していたようで、逆に数字の記憶が得意などのポジティブな特徴も教えてくれました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その一方でA君は今まで私が見てきた障がい者のある人たちとは違いました。彼は「特別な環境」で生活していたわけではなく、皆と同じ教室で授業を受け皆と同じように大学合格を目指して勉強していました。さらに彼の周りの人間も、他の友達にそうするように彼に接しており、彼は教室内で特別な存在ではありませんでした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この状況は当時の私にとって奇妙なものでした。というのも、障がいというのは「あるorなし」の二元論で語られるものであり、もし障がいがあるのならば何かサポートを受けながら健常者とは別の環境で生活するものだと考えていたからです。しかしA君はその反例で、一般に障がいと言われる特徴をいくつか持ちながらも、「特別な環境」で生活していたわけではありませんでした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私はこの経験から、障がいは思っているより白黒はっきりしたものではなくグレーゾーンのようなものも容易に存在しうるものではないかと考えるようになりました。さらに、今まで障がいとは無関係だと思っていた自分でもグレーゾーンに入っていることがあるかもしれないとも考え始めるようになったのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そこでよくよく自分の性格を考えてみると、私はアスペルガー症候群にみられる特徴を多く持っている気がします。アスペルガー症候群とはASDの一種で対人関係の不得意やパターン化した興味・活動などがその特徴として挙げられます。私はコミュニケーションは苦手ではないのですが自分の領域に踏み込んでこられることに抵抗が強く、友達を作るのに時間がかかるタイプです。さらにこだわりも強く一日のルーティーンが少しでも乱れてしまうとイライラします。しかし逆にアスペルガー症候群の特徴に当てはまらないものもあります。例えば運動が不得意や不器用などの特徴は私に当てはまりません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">症状に合致するものとそうでないものが両方あると「自分は障がいなのかそうでないのかどっちだろう」と悩む人もいるかもしれませんが私はそうはなりません。なぜなら私はこれまでの経験から障がいを白黒はっきりしたものではなくグラデーションと捉えているからです。「0と1の間だったら自分は0.8くらいかなぁ」くらいに考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このように障がいを連続的にグラデーションで捉える考え方は私だけがしているわけでなく広く取り入れられているものです。特にグラデーションとして強く表れやすい発達障がいに関してはADHDとASDにLD（学習障がい）を加えて自己分析をしてみる方法もあります。私とA君はおそらくこんな感じのグラフになるはずです。</span></p>
<img class="alignnone size-medium wp-image-2610" src="https://voiceofyouth.jp/wp-content/uploads/2020/05/unnamed-1-300x210.png" alt="" width="300" height="210" srcset="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/05/unnamed-1-300x210.png 300w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/05/unnamed-1.png 512w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p><span style="font-weight: 400;">繰り返しになりますがこのグラフを見て「数値が一定の値を超えているから自分はこの障がいだ」などと考えるのはナンセンスだと思っています。むしろグラフを見て自分の性格とよく向き合い、どうやって自分と付き合っていくか、どのように他人に接したらいいのかを考えるほうが有意義だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">最後になりますが、このグラデーションの考え方は障がいだけでなくジェンダーやセクシュアリティの分野でも同様の文脈の中で語られることが多く、私は多様性社会へのヒントだと考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">障がいを個人を不自由にする何かではなく、多様な社会における個性のひとつと考える。これは決して簡単なことではないかもしれません。しかし私にはその成功例だと思っている事例があります。それは視力です。私を含めて現代人は眼鏡やコンタクトレンズなどの視力矯正器具をつけている人が多く、中にはそのような器具がないと日常生活がままならないという人もいるでしょう。これは私たちが考える「障がい」のイメージに近い気がしますが、一方で眼鏡やコンタクトレンズをしている人を障がい者だとみなす人はほとんどいないはずです。補聴器をつけている人からは聴覚障がいを連想するのに、眼鏡やコンタクトレンズはむしろファッションアイテムとしても扱われます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">2021年には東京でパラリンピックも開催されます（ほんまか？）。この機会にもう少し障がい、そして多様性について考えてみましょう。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>&nbsp;</p>
<div class="saboxplugin-wrap" itemtype="http://schema.org/Person" itemscope itemprop="author"><div class="saboxplugin-tab"><div class="saboxplugin-gravatar"><img src="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/Image.png" width="100"  height="100" alt="" itemprop="image"></div><div class="saboxplugin-authorname"><a href="https://voiceofyouth.jp/archives/author/wayan" class="vcard author" rel="author"><span class="fn">わやん</span></a></div><div class="saboxplugin-desc"><div itemprop="description"><p><span style="font-weight: 400">同級生が社会人になっていく中、1浪1休のおかげで未だに大学3年生を謳歌している東大生</span></p>
</div></div><div class="clearfix"></div></div></div><p>The post <a href="https://voiceofyouth.jp/archives/2608">「できること」と「できないこと」と「できるけど疲れること」</a> first appeared on <a href="https://voiceofyouth.jp">ボイス・オブ・ユース JAPAN</a>.</p>]]></content:encoded>
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		<title>「グルーバルな人材」ってなんだろう？</title>
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		<pubDate>Mon, 03 Feb 2020 03:04:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[わやん]]></dc:creator>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">「グローバルな人材」ってなんでしょう？この言葉はよく「世界で通用する人材の育成」などの文脈でスローガンのように用いられる言葉で、私も今まで何回も耳にしてきました。この言葉についてあなたはどのような印象をもっているでしょうか？この記事では私が「グローバルな人材」という言葉について最近思っていることを紹介したいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">高校時代の私は「グローバルな人材」とは英語が上手に話せる人のことだと考えていました。英語が上手に話せれば海外の人ともバチバチの議論ができるし、海外の企業でも仕事ができる。自分は今は英語は得意ではないけれど、大学では海外留学などに行って英語をマスターすれば自分も「グローバルな人材」の仲間入りができると思っていました。海外に一度も行ったことがなく、外国からの観光客も来ない岐阜という地で生まれ育った高校生にとっては当然の想像力だったと思います。幼いころに海外経験がある、いわゆる「帰国子女」と呼ばれる人たちは自動的に「グローバルな人材」になれていいなぁ、、、とさえ考えていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">高校まで海外に行ったことがなかった私は大学に入ってからはたくさん海外に行きました。留学こそしてないものの大学のプログラムを利用したりした結果、大学3年生時点でフィリピン、タイ、イギリス、インドネシア、中国、韓国、台湾に行けました。特にイギリスには英語学習のため3週間滞在し、英語を母語とする人たちの中で生活できたことは自分の英語力に対して自信を深める出来事でもありました。バチバチの議論とまではいかないまでも、高校時代より実践的な英語力が向上しました。では、果たして私は「グローバルな人材」に近づくことができたでしょうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">答えは、、、NOです。NOというか、私の中で「グローバルな人材」の考え方が変わっていったという表現が正しいのかと思います。私は海外経験を積む過程で「グローバルな人材」とは必ずしも英語が上手な人のことではないと思い始めたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">世界にはいろいろな人がいました。すごく英語が上手な中国の学生やスペイン語訛りの英語を話すフィリピンの学生、私たちが習ったきたアメリカ英語とは違う英語を話すイギリス人、日本語のスラングを知っている韓国の学生、英語を含め8つの言語を操るインドネシア人など。英語を話さない人もいました。中国で出会った学生は自身の専攻の日本語を話しました。フィリピンで会った農夫は私も知らない現地語しか話せませんでした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もし私が相手の英語のレベルや特徴を無視してみんなに同じように話していたとしたら、それはいいコミュニケーションといえるでしょうか？もし私が日本語専攻の中国人学生に対して日本人に話すようなスピードと語彙の日本語で話したとしたら、相手はどう思うでしょうか？英語と一口に言ってもそこには多様な人に結びついた多様な英語があり、英語だけではコミュニケーションが難しい場合もある。時には自分の母語を相手が学んでいることもある。私が実際に体験した「世界」は、私が高校生の頃に思い描いていた「世界」とは少し違っていたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もし「グローバルな人材」を「世界のどこでも活躍できる人材」と定義するとしたなら、相手の多様なバックグラウンドを想像した上で行動に移すことができる能力こそが、それ</span><span style="font-weight: 400;">に求められているものだと感じています。世界の多様な人たちと関わる際に相手のことを考え、自分が相手にはどう見えているかを想像し、よりよいコミュニケーションのために自分の振舞いを変えられる人は仮に英語がめちゃくちゃ上手でなくても世界のどこでも活躍できると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">さらに世界の優秀な人たちは知的好奇心が旺盛です。私について、日本について、知らないことがあれば興味津々に訊いてきます。相手は知らなくてもいいはずの私の専攻に関わることについても積極的に尋ねてきます。何事にも好奇心をもって楽しく学ぶことは人を知ることでもあり、相手を理解することにつながるのだと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">さて、ここまで私はグローバルに活躍できる人になるためには「相手のバックグラウンドを想像し行動に移す能力」と「何事にも好奇心を持って楽しく学ぶ姿勢」が特に重要ではないかという考えを述べてきました。そしてここでさらに重要なことがあります。それは、これらのことは日本でもできるということです。別に相手が海外の人でなくても相手のバックグラウンドを想像しようと思うことはできます。日本語でも相手にわかるように自分の考えを伝えるのは簡単なことではありません。何事にも興味をもって楽しく学ぶ機会は日常にあふれています。もちろんこれらのことは私が海外を経験したから至った考えではありますが、この記事を読んだあなたは、今からこれらのことを始めてみることもできるのです。</span></p>
<hr />
<p>&nbsp;</p>
<div class="saboxplugin-wrap" itemtype="http://schema.org/Person" itemscope itemprop="author"><div class="saboxplugin-tab"><div class="saboxplugin-gravatar"><img src="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/Image.png" width="100"  height="100" alt="" itemprop="image"></div><div class="saboxplugin-authorname"><a href="https://voiceofyouth.jp/archives/author/wayan" class="vcard author" rel="author"><span class="fn">わやん</span></a></div><div class="saboxplugin-desc"><div itemprop="description"><p><span style="font-weight: 400">同級生が社会人になっていく中、1浪1休のおかげで未だに大学3年生を謳歌している東大生</span></p>
</div></div><div class="clearfix"></div></div></div><p>The post <a href="https://voiceofyouth.jp/archives/2024">「グルーバルな人材」ってなんだろう？</a> first appeared on <a href="https://voiceofyouth.jp">ボイス・オブ・ユース JAPAN</a>.</p>]]></content:encoded>
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		<title>人生における「選択」について最近考えていること</title>
		<link>https://voiceofyouth.jp/archives/1860</link>
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		<pubDate>Fri, 13 Dec 2019 03:00:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[わやん]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[<p>「人生は選択の連続」なんて言われます。その通りだと思います。どこの学校を受験するか、どんな仕事に就くかなどの大...</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">「人生は選択の連続」なんて言われます。その通りだと思います。どこの学校を受験するか、どんな仕事に就くかなどの大きな選択はもちろん、今日は何を着ていくか、昼ご飯は何を食べるかといった日常の小さな判断も選択です。そんな私たちに常に纏わりつく選択について私が最近考えていることを少しだけ話したいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は高校時代に受験する大学を決める大きな選択をしました。私が行きたかったのは東京大学でしたが当時の成績では落ちる可能性が高く、もし目指すのなら浪人は確実でした。一方で地元の有力大学であれば現役でもなんとか受かりそうな状況でした。私は人生の重要な岐路に立っていました。当時の私には二股に分かれた道の前に立たされているかのように思えたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> <img class="alignnone size-full wp-image-1865" src="https://voiceofyouth.jp/wp-content/uploads/2019/12/図1-1.png" alt="" width="883" height="906" srcset="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-1.png 883w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-1-292x300.png 292w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-1-768x788.png 768w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-1-749x768.png 749w" sizes="(max-width: 883px) 100vw, 883px" /></span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">結局私は１年間浪人して無事東京大学に合格しました。しかしあれから何年か経ちいろいろな経験を積んだ私は、選択というものについての捉え方が最近少しずつ変わってきました。選択というのは右か左かといった二股の道のようなものではなく、主道と横道のようなものなのではないかと考えるようになったのです。つまり、自分が今まで歩んできた太く見通しの良い道と、そこから横に伸びる細く先のよく見えない道、そのどちらかを選ぶことが選択だという考え方です。</span></p>
<img class="alignnone size-full wp-image-1866" src="https://voiceofyouth.jp/wp-content/uploads/2019/12/図1-2.png" alt="" width="883" height="883" srcset="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-2.png 883w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-2-150x150.png 150w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-2-300x300.png 300w, https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/図1-2-768x768.png 768w" sizes="(max-width: 883px) 100vw, 883px" />
<p><span style="font-weight: 400;">高校時代の私にあてはめて考えると、現役で地元の大学に行くという選択肢が主道、浪人して東京大学に行くという選択肢が横道になるでしょう。主道というのは「デフォルト」と言い換えることもできます。つまり特に何もしなければ今まで通りの道をゆくことになるのです。私にとって地元の大学に行くというのはまさにデフォルトでした。一方で横道は「オプション」です。１年間浪人して東京大学にいくという道を選ぶにはそれなりの意志と能動性が必要だったでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">大学に入ってからの選択も、よく考えるとデフォルトとオプションがはっきりしています。高校まで海外に行ったことのなかった私は大学１年生の時に初めて現地調査でフィリピンのマニラに行きました。決心する前は、「海外初心者がアジア有数のヤバい街マニラに…」、「しかも旅行ではなく調査だから英語とか大丈夫かな…」など、不安もたくさんありました。デフォルトである「行かない」という選択肢をとることは非常に容易で自然なものでした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">昼休みに開催される「中国語でしゃべランチ」に行ってみたこともあります。これはお昼ご飯を食べながら中国語で会話してみようという集まりで、当時中国語を１年ほど勉強していた私は少し興味をもちました。しかし中国語歴１年ではまともな会話などできるはずもなく、自己紹介程度しかできません。知らなかったことにしていつも通り学食に味噌ラーメンを食べに行くことはとても簡単だったでしょう。しかし私はその日なぜかオプションの選択肢をとりました。結局それから毎回その会に参加するようになり、今ではそれなりに中国語を話せます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は選択をデフォルトとオプションと捉えるこの考え方を気に入っています。というのも、このような考え方をすると３つのいいことがあるからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">１つ目は、普段だったら見逃してしまうような選択にも気が付くことができるということです。二股の分かれ道で右か左か選ばなくては進めない状況に直面してこれが選択であることに気づかない人はいないでしょう。しかし私は実際の選択というのはそのような仰々しいかたちで訪れるものではなく、まさに大きな道の横道のように存在しているものだと考えています。選択を選択と認知することこそがよい選択への第一歩なのではないかと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">２つ目は「横道の先には同じく横道を通ってきた仲間がいるかもしれない」と思えることです。私の大学には進学選択制度というものがあり、２年生の夏に進む学部を決めます。私は文科２類という枠で受験していたため経済学部への進学が優遇されており、実際にクラスメイトのほとんどは経済学部に進学しました。しかし私はここでデフォルトの選択肢をとらず工学部に進学しました。文科から理科への進学ということもあり勉強についていくのは大変でしたが、それ以上に進学先で出会った数少ない文科出身の人たちとの出会いは非常に価値のあるものでした。オプションの選択肢を選んだ先にいる「仲間」は不思議と考え方や生き方、価値観が似通うことが多いです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">最後は「もとの道に戻る」という考え方ができることです。選択というとリセットすることはできず、後悔しないようによく考えてするべきという印象がありますが、実際はそうではないと思います。選択をデフォルトとオプションと捉えることは私たちに横道の先が行き止まりだったらもとの道に戻ればいいという考え方を与えてくれます。実際に私が学科先で出会った文科出身の人はしばらくして学科を変えることを決意し、留年申請をして進学選択をやり直して彼の「もとの道」を再び歩み始めました。彼は横道にそれることで結局大学に１年多く通うことになってしまいました。ですが私はこの１年を無駄だとはまったく思いません。彼がこの横道で得た経験は誰でもできるものではなく非常に価値が高いと思います。横道にそれた後もとの道に戻ってくることは簡単だが、一旦スルーした横道に後から挑戦することは困難であるという歴然たる事実を踏まえれば、むしろお釣りがくるくらいだとも思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ここまで私の話に付き合っていただきありがとうございました。文章中に「～と思います」や「～と考えます」という表現が多く読みにくかった方もいらっしゃったと思いますが、やはり私はあまり断定表現をしたくありません。生きることについての考え方なんて人それぞれですし、この文章がみなさんの人生のちょっとしたヒントにでもなれば御の字だと思って書かせていただいております。あと、起業がしたいという想いから最近休学を決めて、またデフォルトの道から外れました。これから先どうなるかはわかりませんが、これからもわやんの文章を読んでいただけると幸いです。</span></p>
<hr />
<p>&nbsp;</p>
<div class="saboxplugin-wrap" itemtype="http://schema.org/Person" itemscope itemprop="author"><div class="saboxplugin-tab"><div class="saboxplugin-gravatar"><img src="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/Image.png" width="100"  height="100" alt="" itemprop="image"></div><div class="saboxplugin-authorname"><a href="https://voiceofyouth.jp/archives/author/wayan" class="vcard author" rel="author"><span class="fn">わやん</span></a></div><div class="saboxplugin-desc"><div itemprop="description"><p><span style="font-weight: 400">同級生が社会人になっていく中、1浪1休のおかげで未だに大学3年生を謳歌している東大生</span></p>
</div></div><div class="clearfix"></div></div></div><p>The post <a href="https://voiceofyouth.jp/archives/1860">人生における「選択」について最近考えていること</a> first appeared on <a href="https://voiceofyouth.jp">ボイス・オブ・ユース JAPAN</a>.</p>]]></content:encoded>
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		<title>目標を持たずに生きてもいいんじゃない？</title>
		<link>https://voiceofyouth.jp/archives/803</link>
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		<pubDate>Mon, 08 Apr 2019 08:31:49 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[<p>現在私は東京大学の2年生で今年の春からは3年生になります。大学3年生ともなると就活を見据えて興味がある企業の説...</p>
<p>The post <a href="https://voiceofyouth.jp/archives/803">目標を持たずに生きてもいいんじゃない？</a> first appeared on <a href="https://voiceofyouth.jp">ボイス・オブ・ユース JAPAN</a>.</p>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">現在私は東京大学の2年生で今年の春からは3年生になります。大学3年生ともなると就活を見据えて興味がある企業の説明会やインターンに応募したり、あるいは大学院進学を見据えて興味のある研究分野をリサーチしたりするのが一般的です。ですが私は何にもしていません笑。私は将来のことを考えるのが苦手です。私は目標を設定して計画通り物事を進めるのが苦手です。そんな私は今まで「目標って本当に必要なのかな？」という疑問を抱きながら生きてきました。目標を持って生きるのが苦手な私の話を少しでも聞いていただけたら幸いです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">まず私の経歴ですが、私は岐阜県岐阜市で生まれ育ち、公立の小中学校に通いました。いわゆる「お受験」などはせず、誰もが入学できる地域の小中学校です。その後高校受験を経て岐阜高校に進学し、東京大学に合格しました。私は現在に至るまでの間に様々な選択をし、様々な目標を設定してきたのですが、その中で「目標って本当に必要なのかな？」と感じた場面がありました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は中学3年の夏に部活を引退し受験勉強を始めましたが当時の私はまだ志望校が決まっていませんでした。しかし先生は志望校を決めろと言ってきます。さらに先生は、私の成績を考えて目標にするのにふさわしい高校を勧めてきます。しかし行きたい高校も特になかった私は、志望校を決めないまま受験勉強をしました。結局志望校を決めたのは受験間際になってからで、勉強と部活の両立を重視して志望校を決めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">さらに高校1年生の時の進路調査でも志望校を書けと言われましたが書けませんでした。先生が私の成績と行きたい学部から考えていくつか大学を勧めてくださったのでとりあえずそれを書きました。ですがもちろん私はそれらの大学に行きたいとは思っていなかったし、行きたい大学なんてありませんでした。その後も志望校が決まっていない時期が長く続きましたが、勉強は人並みにコツコツやっていました。志望校を決めたのは2年生の冬で、先輩から東大には優秀でおもしろい人がたくさんいるという話を聞いて衝動的に東大に行きたいと思いました。それから私は目標を東大に設定し勉強し始めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">これら2つの場面を振り返って私は、目標設定は強いられてするものではなく、目標にしたいと思えるものに出会うまで保留していいのではないかと考えるようになりました。不本意な目標を設定したところでやる気は出ないし、不毛な時間を過ごすだけというのが私の考えでした。しかし一方で、「目標がない時期もモチベーションを高く保てる人は少ないのではないか」「果たしてこの考えはみんなにあてはまるのだろうか」と疑問に思うようにもなりました。私は目標がなくてもモチベーションを維持できるタイプです。先に述べたように、私は中学時代も高校時代も目標を設定するのが遅かったのにも関わらず岐阜高校(県内1位の進学校)と東京大学に合格しましたが、それも志望校が決まってなかった時期でも高いモチベーションを維持して勉強していたからです。ではなぜ目標がないのにそんなことができたのでしょうか。今から考えると、それは単純に勉強が楽しかったからではないかと思います。楽しかったからこそ目標がなくても続けられたのだと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">以上のことを整理し一般化すると、「自分が好きなことは目標がなくてもモチベーションを保つことができる。そのため目標としたいと思えるものに出会うまで無理に目標を設定しようとしなくてもよいのではないか」というふうになります。では、私はたまたま物事を楽しむことができたから、将来のことを考えず生きてきても大丈夫だったのでしょうか。そう考えると、私は今まで、自分が楽しいと思えることを積極的に選び取ってやってきた気がします。選択に際しては、「楽しそうか否か」を基準に決めることが多かったと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">大学2年生の時に私は進学選択で悩みました。東京大学では受験時に学部を決めるのではなく、3年生に進級する時に成績に応じて行きたい学部を選択します。私の合格した文科2類という区分では経済学部に進学することがほとんどで、実際に私のクラスメイトのほとんどは経済学部に進学しました。しかし私は文系でありながら理系分野の勉強に興味が湧き、悩んだ末に工学部に進学しました。文系の学生が理系の学部に進学することは大変なことですが、この選択に関して私は「楽しそうなのはどちらか」「自分の興味はどちらのほうが強いか」ということを最優先にしました。このように自ら楽しいと思える選択をすることが、目標を持たずに生きていくために重要ではないかと思われます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">長くなりましたが、ここで述べたことは目標を持たずに生きることを推奨するものではありません。あくまでこれは、私のような将来のことを考えるのが苦手な人にとっては、好きなことを優先するということが重要なのではないかという提案です。もし、みなさんの中に私のような疑問・違和感を抱えて生きている人がいて、この文章に少しでも共感していただけたら幸いです。</span></p>
<div class="saboxplugin-wrap" itemtype="http://schema.org/Person" itemscope itemprop="author"><div class="saboxplugin-tab"><div class="saboxplugin-gravatar"><img src="https://voiceofyouth.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/Image.png" width="100"  height="100" alt="" itemprop="image"></div><div class="saboxplugin-authorname"><a href="https://voiceofyouth.jp/archives/author/wayan" class="vcard author" rel="author"><span class="fn">わやん</span></a></div><div class="saboxplugin-desc"><div itemprop="description"><p><span style="font-weight: 400">同級生が社会人になっていく中、1浪1休のおかげで未だに大学3年生を謳歌している東大生</span></p>
</div></div><div class="clearfix"></div></div></div><p>The post <a href="https://voiceofyouth.jp/archives/803">目標を持たずに生きてもいいんじゃない？</a> first appeared on <a href="https://voiceofyouth.jp">ボイス・オブ・ユース JAPAN</a>.</p>]]></content:encoded>
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